現在の刑法学の第一人者によって書かれた,一般向けの入門書。
一般向けに書かれた刑法の本としては,たとえば『図解雑学 刑法』
第3版などがある。こちらは,図表やイラストも用いられており,“何をどうすればどのような犯罪が成立するのか”という疑問に,即座に答えてくれるが,本来の意味での入門書とはいい難い。むしろ,辞書的・事典的に用いられる本である。
本書は,そうではなくて,刑法学の基本的な考え方を解説した本である。刑法とは,犯罪に関する法であり,犯罪とは,刑が科せられるべき行為をいうから,本書の問題意識は,そのような「人の一生を左右する重大事」(はしがき)の有無を,体系的・論理的に考えることに向けられている。言い換えれば,恣意的でもなく感情的でもなく,人を「罰する」ことの基本的な条件を探求しているのである。
大学での刑法の講義は,ふつう「総論」と「各論」に分かれるが,本書の内容は,おおむね,この総論部分に該当する。総論とは,主として犯罪の一般的な成立要件に関する考え方を学ぶパートのこと。条文でいえば,刑法1条〜72条に対応する。本書の第1章〜第2章が,刑法の目的・正当性,基本的な原理の説明に割かれている。第3章がいわゆる構成要件論,第4章が違法性阻却事由・責任阻却事由についての解説である。
本書は,「入門」書だから,刑法のあらゆる論点に触れているわけではもちろんない。しかし,書かれている内容について(著者の見解への賛否はともかく),ある程度理解できれば,一市民としては十分に胸を張っても良いと思う。教養書として相応しいレベルである。本書を通して刑法への興味が深まったとか,著者の見解に疑問(ないし反論)があるから,さらに詳しく知りたいという人は,「あとがき」で紹介されている本に当たることになるだろう。お節介を承知で言えば,これらのうちでは,井田良『基礎から学ぶ刑事法』
第4版をお薦めする。法律はときおり改正されるので,アップデートが続いている本書が初学者には分かりやすい。刑法のみならず,刑事訴訟法や刑事政策の分野にも触れているので,刑事法体系の概観をとらえるのにも適している。また,井田教授は,本書の山口教授とは別の(対立する)理論を支持・展開されているので,刑法学に対する異なった見方に触れることができる。
著者の本をさらに読み進めたいという人には,『刑法』
第2版および『
基本判例に学ぶ刑法総論』の2冊を推しておきたい。前者は,東大ロースクールでの未修者クラスで,教科書として用いられているらしいので,それなりに難しいが,刑法全体を概観した良書だと思う。後者は,刑法総論の重要判例を紹介・解説したもの。レベルは高いが,間口は広い。
本書を読む際には,六法が手許にあった方が便利である。だが,六法は,小型のものであっても,きちんとしたものは結構高い(2千円弱)。現行法については,「法令データ提供システム」というウェブサイトで検索できるから,これで代用することもできる。
※2011/9/20追記:第5パラグラフを書き直しました(書き足して第5・第6パラグラフに分割。従来の第6パラグラフはそのまま第7パラグラフへ移動)。