冒頭で主人公の「私」は警察を退職していることが明らかにされ、
そのきっかけとなった派出所勤務時代の悲劇的な連続殺人事件が
展開される。さらに物語が進むにつれて、「私」がそもそも警官
を志すことになった事件、警察の仕事に疑念を覚えるに至ったで
きごとも語られることになる。
本書には青春小説という色合いが濃い。全編に渡って描かれる、
自分と現実とのあいだに薄い膜を張られているかのような焦燥感
や違和感はまさしく若者特有のものだ。しかし、過去のふたつの
できごと、さらには本作での事件が主人公に与えた打撃は、心の
傷といって済ませるにはあまりにも大きく、青春小説のラストで
読者が期待するような未来への展望は感じられない。「私」の心
象風景を反映しているかのような暗く寒々とした情景描写とあい
まって、読後感は決してすっきりしたものではない。
にもかかわらず、自分にあまりにも正直な主人公の生き方は読者
(若者にかぎらず)に強い印象を与えるはずだ。暗い過去を背負
い、闇を抱えた主人公という造形はハードボイルドではありふれ
ている。しかし本書は、その暗い過去をまず正面から取り上げる
ことで、ひとりの人間の精神的な成長を描くことに成功している。
なお、本書は、1990年にデビューした太田忠司が初期に手掛けた
ミステリーだが(92年に講談社ノベルスで初版)、筆致に未熟な
ところはいささかもみられないばかりか、現在(2011年)読んで
古くなった感じもまったく受けない。続編『Jの少女たち』、
『天国の破片』も同じ創元推理文庫から再版されているので、是
非読んでみたい。