個人的な話で済みません。昔、小学校低学年の頃、近所にチャンバラ好きの子がいて、その子は何故か「切腹するぞ、竹光で」と良く言っていたのです。それ以来しばらくの間、切腹は正式には竹光でするのものだとばかり思っていたのですが、大学生になって初めてこの映画を名画座で見て、思わず身を乗り出しました。あの子はこの映画に影響されていたことが初めて判ったからです。しかし、そんな小さな子供にこの映画を見せるのは絶対にいけません。件の場面の凄惨さは、そこに被さる武満徹による前衛的で不気味な琵琶の調べと共に、生涯、抜き去ることができないほどの衝撃を脳裏に焼き付けてくるからです。その衝撃はやがて、理不尽な武家社会そのものへ、そしてひいては現代社会にもありとあらゆる場面に存在している人間の当たり前の情を無視して「うわべだけを繕おうとする」仕組みや制度に対する激しい怒りへ駆り立てることになります。小林正樹の演出は、余分な説明を一気に削ぎ落とす一方で、自分が必要だと思った場面は物語の流れが緩慢になることなどおかまいなし、これでもかと言わぬぐらいしつこく描き込んでくる粘着性のもので、正に木下恵介直流、日本映画の王道を行くものだと感じます。1963年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞したのも当然、これ見ずして日本映画を語る無かれと言いたい、日本が世界に誇る映画史上の傑作です。