本書第1章の中で、分子生物学の研究法について触れている箇所がある。そこで示されている方法とは、(1)『生体分子の物理的・化学的性質の研究法』と(2)『遺伝学的方法』との2つである。これは如実に分子生物学の位置を示していると思う。つまり、生物学や医学(別ルートで有機化学)から徐々にミクロな視点へ向かうと、最終的に生化学に至るわけだが、その中間に、この領域が広がっているということである。まさにこのポジションが、マクロ的視点とミクロ的視点とを、建設的に繋ぐには重要であり、集中的に専攻する際の視野狭窄から立ち戻るのに、非常に有益だと、小生思うのである。生体現象は、高度な複雑系の中で発現しているからでもある。
さて本書は、専門分野の入門に位置する内容とレヴェルである。したがって論述は、基礎的で判り易い事を必要とするが、それが、十分に満たされている。この点、分子生物学の入門としてだけでなく、先に述べた分野に関心を持つ方にも、全体の中にプロットする「見取り図」として利用できる。これが第一の美点。
次に、表裏一体のことがある。一般に専門的教科書を大別すると、〔1〕最新の成果を盛り込むタイプ。〔2〕確定した(従って少々古い)成果を手引書のように仕立てたものとがある。専門研究者は、おおむね著者の得意分野を知っており、〔2〕を手元におきつつ、〔1〕の最新版で変更点をチェックする、という用い方をしている(学校では教えてくれませんが…)。本書は〔2〕として用いることが十分可能な質のものである。これが第二の美点である。
全体の構成は、大雑把だが、第1部構造、第2部機能、第3部メカニズムとなっており、論述を追いやすい。これも評価したい。
しかし注意点もある。専門教科書は、たとえ、良いという評があっても、用いる人との相性という厄介な経験的事実がある。その点注意して欲しい。