登録情報
|
豊臣秀吉の刀狩りと言えば、国の軍事統合に成功した秀吉が、民衆の武装解除を目指し、あらゆる武器を没収して、「強大な国家、みじめな民衆」構図を作り出した出来事だと考えられてきた。それに対し著者は、今こそ「みじめな民衆」像から「自立した民衆像」へ大きく転回する時ではないか、と問いかける。
そのため、西洋史学者・村川堅太郎がかつて日本の「3回の刀狩り」として挙げた、1近世の刀狩り、2明治の「廃刀令」、3第二次大戦後の武器没収のうち、実際に民衆の武装解除を目的にし、実行したのは3のみで、他は身分規制として武器の「携帯」を禁止(=「所持」は黙認)したものだということを、入念な史料・先行研究への目配りに基づいて実証している。これこそ教科書では学べない歴史の醍醐味だろう。
その結果、丸山真男などの進歩的知識人が陥った「自己武装権を徹底的に剥奪されて来た国民」(卑屈な民衆)史観の誤謬を明かす。18世紀末までの「徳川200年の平和」では、領主側・民衆側双方が鉄砲を多数所持していたにもかかわらず、人に対してそれを使わない「鉄砲不使用の原則」が成り立っていた。近世日本人の「民度」の高さが窺い知れる。
ページの多くは近世の実例だが、現代までの問題を貫いた歴史書。敗戦・占領後まもなく接収された民間の武器は、小銃だけで165万挺、刀剣類は140万振という。以後日本は、いわば「菊と刀」の内の「刀」を奪われたままだ。著者が引用する憲法第9条1項を軸に、日本が自律的な武力抑制を基礎とした国政運営をするためにも、「民度の高さ」を取り戻すことから始めるべきではないか、と考えさせられる。
|
|
|