出口ナオという一教祖の生い立ちから晩年までを丁寧に追跡した社会学的考察。オリジナルは1977年刊。ナオという女性は江戸時代末期に生まれたのですが、或る時、神がかりにあって、神の声を聞いた。現代なら、もしそんな症状が現れたら、間違いなく精神病院に行くべきですが(スキゾフレニーの疑いが考えられるので。つまり「幻聴」)。もちろん、当時も発狂ということで、ナオもしばらく座敷牢に入れられたが。それはともかく、本書にはナオ自身の「筆先」の教義がところどころ断片的に引用されている。これを読むと、ナオの教義はスキゾフレニックな一女性の妄想譚にしか僕には見えない。その内容は端的に言えば、排外思想、超日本主義(漢心の排斥)、反主知主義、反近代主義...。とすれば、重要なのはナオという教祖(author)の前に現れた代理人(person)たる出口王仁三郎(本名、上田喜三郎)の方かもしれない。というのも、喜三郎の根本思想にあったのは平田篤胤系の国学なので。本書には篤胤学の内容がちょっと紹介されていますが(p.186)、これを読むと先人・本居宣長の国学とは随分違う(と言っても、僕の宣長観は小林秀雄経由に過ぎないが。「本居宣長」参照)。篤胤学はどことなく橋田邦彦主幹の「国体の本義」に流れ込んでいるような気がする。本書によれば、喜三郎は教祖ナオの忠実な代理人とは言えず、ナオのオリジナルな教義をかなり修正・整形・改変して、当時の時代潮流に適合させている。特筆すべきは喜三郎の「大正維新論」。その内容は皇道主義的変革思想で喜三郎自身の言葉で言えば「第二の維新」。引用文はないが、著者によれば、一種の政治経済論らしく、キーワードは「世界大家族制度の実施」。当時の日本人の多くは時代のゆきずまりを感じており、強烈な社会変革を求めていた。ここで重要と思われるのは「(日本人は)なにか強大な魔術的な力によって一挙に救済されたいと思っていたはず」(p.242)という著者の指摘。結果、人々は彼の「大正維新論」に魅せられた。あと見逃せないのは、喜三郎に影響を与えた大石凝という国学者の存在。この人は「古事記」を己れの根本教義としており、それをどう解釈したのか分からないが、奇妙な終末観を引き出している。更に本書には幕末期の国学の腐敗ぶりを伺わせる記述もある。幕末期の国学者らは極めて怪しい神がかり的行法を案出している(p.160)。加えて、幕末から明治に至る激動期に翻弄された国学者らの悲しい運命も見えてくる。「明治維新以後の神道国教主義政策が後退したあとに、時代からとり残された神道家や国学者のなかには、独自の秘教化された教説を展開してゆく人々があり...」(p.160)とある。恐らく当時、神道家や国学者はいわゆる「御用学者」として政府に担ぎ出されたと考えられるが、とはいえ、用済みになれば捨てられる運命の模様。彼らは路頭に迷い仕方なく秘教的(反主知的)な言説を携えて民衆の関心を引こうとしたのであろう。ちょっと話は逸れますが、山崎闇斎の垂加神道にしても、闇斎の弟子たちというのはほとんど駄目弟子だったらしく、結果、「垂加神道の将来の知的な質を損なう展開であった」(オームス著「徳川イデオロギー」p.337)、とのこと。