終盤、「先生」と後藤の写真が出てくる(文庫版で加えられた章なので、単行本では掲載されていないと思われる)。
それまで、先生と共犯であった後藤の供述から、二人が犯した殺人の数々を身震いしながら読んできた読者は、
後藤の想像通りの任侠顔と、先生の「普通のおじさん」然とした佇まいのギャップに驚かされるだろう。
ある人物の周りで、続々と人が不審な死を遂げている。不審な点は多いが、殺人と決定づける証拠もないので、警察も簡単には動けない。
共犯であった後藤の告発を受け、雑誌記者がほとんど一人で事件を掘り返し、警察を動かす。
連続殺人事件のドキュメンタリーだが、一人の死刑囚の告発から、警察の力も借りずに証拠も不十分な殺人事件を立件するまでの取材は気の遠くなるような作業だろうが、雑誌メディアが持つ力への信頼と自負が、著者を動かしている。
インターネットで多くの情報が無料でリアルタイムに配信される時代、時間をかけて足で稼いだ、記者クラブも経由しない不安定な、それでも社会を動かす情報を発信できるのは、雑誌メディアのみがもつ武器であろう。
本件のような、闇に埋もれて世間からも忘れられた事件を、一件一件掘り起こすのは、どれだけネットに情報が氾濫しても、長年足で事件を追いかけた著者のような人間にしかできない。
著者の雑誌記者としての矜持と、雑誌メディアへの危機感が、凶悪犯罪を白日の下に晒した。敵は凶悪連続殺人犯でもあり、記者クラブメディアやインターネットでもあった。
その意味で、著者自身の雑誌記者としての葛藤を追体験できる、すぐれたドキュメンタリーでもある。
真に「凶悪」に対峙できるのは、デジタルツールではなく、強靭な精神と足腰である。つぶやきではなく咆哮である。
解説で佐藤優が紹介する、おしぼり一枚で看守と交渉を優位に進める囚人の話は、唸らせられた