日本が世界に誇る冒険家植村直己(1941-1984)の信条として、本書の中に以下の言葉がある。『私は冒険家にとって、旅を続ける者にとって一番大事なのは、一つの旅が終わったとき、次の旅へ緊張感を持ち続けることだ、と思っている。(中略)一つが終わったからといって満足しているわけにはいかない。《やるんだ》という気迫をいつも持ち続けていなければならず、その意味で、精神的弛緩が一番こわい。』
本書は植村直己の半生(実際はこの後消息不明になる為殆ど全人生)の旅の足跡がオムニバス形式によって、思いの及ぶ儘に語られる。その内容は記述順に、1980年10月30日、厳冬期エベレスト登頂を目指して日本を出発する情景に始まり、冬季アコンカグア、エベレスト偵察、日本縦断徒歩行、北極点犬橇行(1978年3月5日〜4月29日)、グリーンランド犬橇縦断行(同年5月29日〜8月22日)、自身の生い立ち、明治大学山岳部時代、アメリカ、フランス、アフリカ、南米(アコンカグアとアマゾン河下り)、エベレスト登頂、マッキンリー、小西政継率いる山岳同志会とのグランドジョラス北壁、エベレスト国際隊、エスキモー集落での生活、北極海犬橇行、と書き連ねられている。よくも此れ程立て続けに…と、その冒険への執着とバイタリティに敬服する履歴である。
冒険の夢を叶える原動力は、現実的には冒険に乗り出す前の経済活動(資金集め)が基盤となる。著者の冒険の規模に比例してそれは相当な困難を伴い、本書に於いても、その苦労の様や、有り難さ申し訳無さを随所で語る場所が出てくる。『冒険人生は物質的にはなにも生まない。精神的な満足感だけである』と言い、『自分では《オレのやっていることに、いったいなんの意義があるのだろうか》と悩みながら、その意義を強調して資金集めをするのだから、相手をだまして金をとる詐欺師のようなものだ。』とも正直に心情を吐露しており、俗界を遠く離れた冒険の旅路に乗り出す前には、人一倍俗塵に塗れなければならなかった著者の苦悩が記されている。本書の執筆もまた、南極大陸行を見据えた資金集めの時期にあった為、その一環として出版されたものであり、冒険家の人知れぬ苦労の一面が垣間見える。
著者のそれぞれの大きな転機と為った冒険には各々詳しい著作があるので、詳細はそれぞれにより詳しい。本書はあくまでも概略である。しかし、それでも十分に面白い内容である。尚、評者の底本には旺文社必読名作シリーズ版(1980年毎日新聞社刊本)を用いた。