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内省と遡行 (講談社学術文庫)
 
 

内省と遡行 (講談社学術文庫) [文庫]

柄谷 行人
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容説明

「内省」から始まる哲学・理論の批判を提示〈外部〉に出ること、これが著者がめざした理論的仕事の課題である。内部すなわち形式体系に自らを閉じこめ、徹底化することで自懐させようと試みた思考の軌跡。

内容(「BOOK」データベースより)

外部に出ること、これが著者がめざした理論的仕事の課題である。ただし著者は、外部を実体的に在るものとして前提してしまうことと、詩的に語ることを自ら禁じた。むしろ、不徹底かつ曖昧な言説に止めをさすために、内部に自らを閉じこめ、徹底化することで自壊させる方法を採った。内省から始めた哲学理論の批判は、ここにぎりぎりの形で提示された。「内省と遡行」から「言語・数・貨幣」へ、さらに「探究」への転回を試みた画期的評論集。

登録情報

  • 文庫: 326ページ
  • 出版社: 講談社 (1988/4/4)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4061588265
  • ISBN-13: 978-4061588264
  • 発売日: 1988/4/4
  • 商品の寸法: 14.8 x 10.6 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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形式:文庫
ポストモダンというのは、ある意味「閉塞」の時代です。

自由な社会が成立し、豊かな生活を享受し、一見すると素晴らしい時代。
でも、本当は何もない時代。
過去もない、未来もない、何も出来ない、どこにも行けない、良いも悪いも分からない。
そういったないないづくしの状況の中で、生きる希望を失わないための思想がポストモダニズムだといえるでしょう。

この本は、まさにそのような希望のための試みでした。

本書が志向しているのは外部、つまり「ここではないどこか」です。閉塞状況を打ち破ってくれるような、「どこか」を目指した思考の軌跡が本書です。

それも安易に「これが外部だ!」と語るのではなく、徹底的に内部を語ることで。内部が自ら音を立てて崩れるまで、内部を突き進んだのがこの『内省と遡行』でした。

それは希望であると同時に、絶望でもあります。何故なら本書が問題としたのは、「ここが外部だ!と言った瞬間、そこはたちどころ内部になってしまう」という、まさにそのことだったからです。本書で幾度となく登場する「自己言及性」のパラドックスというのがこれです。

だからこそ、本書は内部にこだわるのです。「ここ」が「ここ」でなくなるまで、徹底して「ここ」について語る。

それは敗北することを運命づけられた試みです。そしてそうであるが故に、この本は読まれ、讃えられるべきだと思います。

『構造の力』と並んで、二十世紀後半の日本における思想的達成といえる書物でしょう。
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By イッパツマン トップ500レビュアー
形式:文庫
 人間が「世界」を思考する際に必ず主観からこぼれ落ちてしまう「外部」(=カントのいう「もの自体」等)。そして、その「外部」は常に主観による形式化を徹底した先に逆説/矛盾としてしか、すなわちゲーデル的にしか現れない。本書はフッサール、ソシュール、フロイト、マルクス、ヴィトゲンシュタイン、デリダ、ドゥルーズ=ガタリ、ジェイコブズ等といった広範な人々の思考の再検討を経て、彼らよりも徹底した「内部」の掘り込みにより「外部」を垣間見ようとした労作である。だが、冒頭で著者本人がニーチェを引きながら語っているように、そもそもそのような「外部」は主観/明証性の果てに捉えられるものではないので、結局は自己言及的な「徒労」となってしまう。(浅田彰氏が解説で「敗北の記録」と本書を呼ぶのは正しい。)実際、同じことを延々とネタを変えて話してる本なのだが、ただ、この思考の密度は紛れもなく世界レベルの徹底だったことは確かで、出版後20年を経た今でも、現代思想を読もうという読者は読めば必ず勉強になることが書いてある。(特に構造主義/ポスト構造主義については、一般的な解説とは全く次元の違う批判的読み込みが本書では展開される。)

 さて、そんな本書において、現象学、言語学、古典経済学、都市論、数学、物理学と色々なジャンルが横断されるが、形式化の「果て」まで行き着いた話と行き着いていない話がある。例えば、ソシュールは言語学という分析システムの果て(限界)を垣間見たために著作を残せなかった、という指摘は前者の例としてスリリングだが、逆にマルクスが経済史で、ジェイコブズが都市生成史の分野で一般的史的イメージを転倒させた例は、結局はそれらがどんなに面白い話であっても、マルクスなりジェイコブズなりが直観的に捉えた彼らなりの史的物語の導入に依っているという限界があるため、「内部」の外に出れたことには方法論的にならない。(つまり、ソシュール言語学は未完だったからこそ「可能性の中心」が担保できた。)

 勿論、既存の「体系」なり「歴史」を根本的に批判するマルクスやジェイコブズの手際は鮮やかだった訳であり、逆にそのような思考戦略を後世の者が取る場合は「内部/外部」云々を問うことを実践上は(不可能なことなので)認識はしてもいっそのこと目的化せず、一つの主観システムを別の主観システムにより行うという限界を倫理的に認識してさえいれば、後はシステム全体で喧々諤々と流動していけさえすればそれで良いのではないかと、年を取っていい加減になった僕は思うのだ。(どうせシステム全体なんて誰もコントロールできないんだしさ(笑)。)で、その場合、倫理なんて通じない「外部」からやってくる絶対的他者とどうコミュニケートするのか、という問題が出てくるが、恐らくそれはマルクスが一番簡単な「交通」の例として挙げたように、本来は「戦争/暴力」の話になっていくのが残念ながら未だ人類の進化の程度だろう。そして、そういう意味では著者が「他者との争い/暴力」を巡る問題系を捨象して「内省と遡行」を純戦略化した時代規制の一つが、当時は冷戦下の日本で戦争が宙吊りにされていたということにあるのではないか、と十数年振りに本書を読み返して思ったのだった。
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遡行する思考 2006/4/26
By ak
形式:文庫
記号論理学の限界。語から何から言って、「哲学」というものは、ここですべて吟味(criticize)されている。マルクス論で獲得した視座に、ニーチェが憑依しているため、アフォリズムはさらに切れ味を増す。「作品とテクスト」という章を読んで、われわれは「日本の文芸批評家」がこれを書きえたということを、ふたたび考察(criticize)しなおす時期にきている。
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