連合赤軍の兵士で、同志殺しの修羅場を生き延びた「バロン」こと植垣康博の回想記。幼少期から弘前大学入学、民青加盟、全共闘参加、赤軍派への加盟、M作戦、そして山岳ベース事件、と話は進み、最後、軽井沢駅で逮捕されるところまでが描かれる。最近はほとんど見かけない上下2段組の小さな文字で約400ページという分量だが、エネルギーいっぱいの著者の活躍が軽快に描かれ、退屈しない。
ただ、実際にあった出来事をかなり忠実に書いているので、新左翼運動とか赤軍系の人脈についてある程度の知識がないと筋が終えなくなるかもしれない。文体の軽快さに比べて、読み手には高い知識を要求する本になっている。
血を吐くような坂口弘の『あさま山荘1972』と対照的に、本書からはあまり自責の念は伝わってこない。本書を通して伝わる著者の人柄から、私にはそれがある種必然のように思える。植垣は一生懸命生きたのだ。その都度その都度与えられた状況の中で、逃げず日和らずベストを尽くした。だから12人の同志には強い同情はしつつも、彼は自分の責任とは考えていないのだと思う。M作戦においては誰よりも果敢に戦い、逮捕直前には、あれほど身体がぼろぼろだったのに、植垣は、厳冬の妙義山で、坂口の言葉によれば「不屈のラッセル」を続け、仲間の山越えを助けた。それは彼なりの誠実さであり、むしろそれは安易に否定されるべきものではない。
まだ青春時代にいた若き植垣は、連合赤軍メンバーであった大槻節子に恋をしていた。大槻は過酷な総括を要求され、結局彼らは結ばれることなく、永遠の別れを遂げた。軽快な文体がその悲惨さをむしろ際立たせ、後半の第7章は本当に読むに堪えない。どこか自己弁護の香りが抜けない永田洋子の著作とは対極の意味での悲しさを強く感じる。植垣の一生懸命さが図らずも形作る真のドラマ。心を揺り動かすものがある。