平野貞夫は、政治的には素人集団であった公明党の面倒をよく見てきた。
自民党が平野の能力を重宝して、使い倒してきたと同様に、公明党も、平野の政策立案能力を重用し、依存してきた。
平野と公明党のあいだには信頼関係があり、平野が参院選に出馬したときは、公明党と創価学会員が懸命に応援した。
ここまでが蜜月時代であり、やがて新進党の分裂に伴う公明党の小沢への離反が、平野と公明党の決別ともなった。
平野は、公明党の心変わりを嘆き悲しみ怒る。
「なぜ野中に、叩いて叩いて叩かれてそちらへ行ってしまったのか。しかも、理想まで捨てて、イラク戦争を容認し、定率減税廃止と言い、福祉と平和の看板まで捨ててしまったではないか」
ここらあたりに、公明党の今回の歴史的大敗北の遠因があるのかもしれない。