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戦後復興のために公共事業が果たした役割は、今のサービス産業・情報産業の比率が増した日本には不可欠のものではないといえるのではないか。そうでなくとも、ダム・道路は十分に作り上げたといえる。この上にまだ公共事業を重ねる必要はあるのか。今行われている公共事業の多くは戦後復興の惰性によるものではないのか。
公共事業をひとつの行動の対象として進めてきた官僚組織が、いつのまにか公共事業のための官僚組織になってきてしまった。この問題点を明確にするのが本書だ。政府による数字操作の詭弁にまどわされずに、環境への視点をとりいれて、真に求めるものは何かを考え、公共事業の不必要性を明らかにする。
公共事業の目的達成度、例えばダムを作れば本当に水害を調整することができるのか、道路を作れば交通の便はよくなるのかなどに対しての考察は優れているが、公共事業が経済的にどのような効果を持っていたのかについてはあまり触れられていない点は少し不満だ。
以下は、本文の大まかな要約である。
今、国と地方公共団体あわせた借金は約700兆円を超えている。なぜ、こんなに借金が増えたかと言えば、無駄な公共事業が行われていたからだ。それは、政官財の癒着構造と公共事業を求める地方公共団体の構図だ。これを解消するには、地方分権や規制緩和などの外堀の改革と共に重要なのは、システムの改革だ。システムの改革とは、国会の地位向上である。それは、もっと民主主義を働かせるために、それぞれの計画や予算は議員立法による。官僚によるコントロールでなく、自律的に国会議員で決めていく。公共事業の無駄を省いたものは、もっと社会福祉にお金を出していく。
私の意見としては、国会議員に期待はできない。いままで、国民が彼らのやっていることをきちんと監視できていなかったからだろう。だから、彼らは期待された働きができなかったんだろう。それならば、政権交代ができる仕組みが必要だろう。ということは、民主党にがんばってもらわなければならない。本当の意味で2大政党制になれば、国会議員の緊張感を持続させるものになる。そうすると、少しは期待できる働きができるようになるだろう。
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