読み終わって、デビュー作の「君は永遠にそいつらより若い」のアンサーソングのような作品だな、と思った。
できれば、前著を読んでから、これを読んで欲しい。
物語は主に主人公タケヤスが三十歳の現在と中学生の部分に分かれる。
「八番筋カウンシル」というスマートな印象のタイトルとは裏腹に泥臭い商店街の話である。
紹介文を読んで、青年が活躍して事件を快刀乱麻、みたいなのを期待して読むと裏切られる。
小市民の、とくに大人のいやらしいところがしつこく書かれていて、
それに対する十四歳のタケヤスはやり込められる子供として静かに怒りを溜め込み、
三十歳のタケヤスはシニカルだがやはりそこに真っ向から立ち向かって行くことはしない。
中学生のときに起こった事件ではタケヤスは、
事件に極近いところにいたにもかかわらず、大人たちから蚊帳の外にはじかれた傍観者であり、
三十歳の今はショッピングモール建設の噂に踊らされる大人たちに強引に輪に引き入れられながらも一歩退いた観察者であり、
そこで感じた違和感を分析しようとするフィールドワーカーでもある。
つまり地味な主人公だ。
しかしその地味な粘り腰と偶然の出会いの連鎖によって過去の事件の真相と、
その副産物として暴かれたもうひとつの秘密が明らかになる。
淡々と書かれているが、これは暴力の話である。
どこにでもありながら、黙認され、または見過ごされて裁かれない暴力を、
あらためて糾弾する物語である。
かつて大人に踏みつけられた子供たちが、成長し、それを晴らす。
彼らは永遠に大人たちより若く、智恵と行動力を身につけて戻ってくる。
踏みつけられたことに気づかないまま大人になった者と、
力強く外に向かって踏み出して行く者、その二人の対比に胸を衝かれる。
幸・不幸は他人が判断するのもではない。
そして、ほぼ破綻した家族しか出てこなかったこの作品のラストシーンで、
作中、セリフ一つない彼の大人になった姿に大変な救いを感じた。
津村記久子は人情作家だ。