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この八甲田山遭難事件は実際に起こったことだが、本書に登場する人物たちはすべて仮名になっている。少し調べれば実名などもすぐにわかるものだが、あくまでこれは小説として書かれており、完全なノンフィクションではない。
この本が出版されたのは昭和46年、前年の45年に遭難生き残り最後の一人が91歳で亡くなったという。遺族も大勢いるわけであり、なかなか堂々と実名では扱いにくいと著者も取材ノートに書いている。
実名では都合が悪いというのは、この事件が指揮系統や責任問題という側面に照明を当てねばならないからである。そしてそれは現代的な組織の問題にも連なってくるわけで、大衆に多く読まれた背景もそういうところにあるといえる。
しかし最後まで読み進めてゆくと、やはり組織の問題である前に、人間と自然というもののかかわりに思いを馳せないわけにはいかなかった。
近代以降人々は自然を機械力に任せて克服する姿勢へと傾いていった。しかし大地に根を下ろし、その恩恵に頼って生きている現実は昔も今も根源的には変わっていない。
その点を無視して傲慢に克服しようとする人間の業は、こういう局地的な事件からも感じ取ることが出来るはずである。
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