リリアン・ギッシュ:90歳
ベティ・デイヴィス:79歳
ヴィンセント・プライス:76歳
アン・サザーン:78歳
ハリー・ケリー・ジュニア:66歳
人生の年輪を重ねた一流の俳優たちによる、静かな名演の協奏曲。
姉リビー(ベティ・デイヴィス)と妹セーラ(リリアン・ギッシュ)の老姉妹は、毎年夏になるとメイン州の小さな島にある別荘でひとときを過ごす。二人が少女のころには、岬の突端に立つと、鯨がやってくるのが見えたものだった。
目が不自由になってから、姉のリビーはわがままな性格になっていく。二人の別荘には、老大工のジョシュア(ハリー・ケリー・ジュニア)、幼馴染で陽気なティシャ(アン・サザーン)、ロシアの亡命貴族・マラノフ氏(ヴィンセント・プライス)などが訪れおしゃべりをしていくが、リビーは老人同士の会話にも冷笑的。毒舌でお客さまを傷つける姉に、セーラは一緒に暮らす自信を次第になくしていくが、ある日ティシャがささやかな提案をしたことで、老姉妹の心に小さな変化が・・・。
本作は、劇作家デイヴィッド・ベリーによる同名の戯曲を、ベリー自らが映画用に脚色。
役柄の性格から、79歳のベティ・デイヴィスが姉のリビーを演じて、90歳のリリアン・ギッシュが妹・セーラを演じるという思い切った選択をとりました。デイヴィスはギッシュと10歳以上も離れているのに、見事に年上の姉の役を演じています。視力をほとんど失いかけて、それゆえに気難しくなっていく、皮肉屋のリビー。シルバーグレイの長髪もあいまって、妹役のギッシュとの好対照をなしています。
一方ギッシュは、姉をかいがいしく世話する妹・セーラを、穏やかに演じます。少女時代の宝物を発掘しては、「オークションに出したら、いくらになるかしら」などと、あどけなく可愛らしいおばあちゃまを好演。
そして、ロジャー・コーマンのE.A.ポオシリーズなどで数々の悪役を演じてきた怪奇俳優、ヴィンセント・プライス。性格俳優のオーラを封印して、故国を追われた哀感を漂わせつつ、これまた見事に素敵な「おじいちゃま」を演じています。この顔ぶれの中では、一番固定イメージが強い俳優で、浮いてしまわないか心配になりそうですが、釣り好きで、岩場を危なっかしく歩くシーンなどは見ていてハラハラさせられ、これまた一本取られたという名演です。
ほかにも、おしゃべり好きのティシャを演じるアン・サザーン、また、別荘の修理作業のみならず、物を置くにしてもドアを閉めるにしても始終大きな音をたててリビーをしかめさせる大工のジョシュア演じるハリー・ケリー・ジュニア。
ギッシュ、デイヴィス、プライスなどの錚々たる名前を見るに、老優たちの演技合戦を想像しがちですが、この映画の魅力は、ゆったりと過ぎてゆく時間の中で交わされるウィットに富んだ会話、俳優たちの穏やかな物腰に感じさせる、熟成された人生の豊潤な香りなのです。
老人が主人公の映画って、どうしても「老いをどう受け止めるか」とか「死と向き合う」といった、暗いテーマに支配されてしまいがちです。でもこの映画が素晴らしいのは、静かな中に実に多くのことを雄弁に語りかけてくる事で、実はこれは人生の終焉についての物語ではなく、生きることに希望を持って、日一日を過ごす老人たちの物語なのです。
映画の中で、とにかく印象的なのは、陽光。とても暖かそうな陽の光が降り注ぐ映像が本当に素晴らしく、アメリカ映画ながら、ヨーロッパの映画を観ているような気分にさせられます。
アラン・プライスによる音楽も素敵で、優しさとぬくもりを感じさせるメロディーが、この映画の映像と相まってとても穏やかな気持ちにさせてくれます。
もともとは舞台だったものだけに、会話劇が素晴らしく、何かドラマチックな事が起こるような物語ではありませんが、つい見入ってしまう不思議な力があります。完成されすぎていて、脚本のレベルで演出が決め込まれている感じが(例えば、人物のセリフと動きのタイミングとかが計算され尽くされている印象を受けます)観ていてやや気になるところもありますが、俳優たちの自然な演技が、存在感のある映画に見事に昇華していると思います。
タイトルにある「鯨」は、映画の中でついに姿を現さないのですが、これは「信じれば必ずやってくる希望」の象徴として登場人物の、そして観客の心の遥か水平線の彼方をたゆたって行く存在だと思います。人生は、終わりに向かって進んでいくのではない。終わりのその瞬間まで、人は生き続けることができるのだ、と。
監督のリンゼイ・アンダーソンは、イギリス版ニューシネマとも言える「フリー・シネマ」運動を、トニー・リチャードソンやカレル・ライツと共に牽引し、「怒れる若者」たちの声を代弁した作品を作り続けた人です。
代表作の『if もしも・・・・』は、イギリス支配階級の養成所ともいえるパブリック・スクールでの学生の叛乱を描き、保守的な階層を痛烈に皮肉った映画で、こうした過去のフィルモグラフィーからは、やや過激な作風、という印象が強かったのですが、彼もまたこの映画の撮影時は64歳。老優たちに共鳴するかのように、本作では静謐な人間ドラマを実に繊細に、美しく紡いでいます。沖に浮かぶブイに鐘がつけられていて、波間に揺れるたびに岬に響く鐘の音・・・そうした小さな描写の積み重ねが、この映画を味わい深い作品にしていると思うのです。
この映画が1988年、岩波ホールで公開された時、あまりの大盛況で追加のアンコール上映まで行われ、ビデオソフトが発売された時は、淀川長治氏が興奮しきった様子でパッケージに紹介文を書かれていたのがとても印象的でした。かつて本作のパンフレットに淀川氏が寄稿されていた文章も、ほかの映画とは一線を隔すような尋常ならざる熱の入りようで、ほとんど詩的とも言える、愛のこもったレビューだったことも忘れられません。
本DVDのパッケージで使用されている写真も象徴的で素晴らしいのですが、公開時に、パンフの表紙などに使用されたセピア調の写真(ギッシュ、デイヴィス、プライス、サザーンの4人が写っている)が素晴らしく、一人ひとりの表情に見事にキャラクターの人生が映し出されていて感動的なのです(特にギッシュの表情が素晴らしい!)。あの写真、せめてパッケージの裏でもいいから掲載してほしい・・・と思ってしまいます。
この映画のDVD化を待ち望んだ方々が、どれほどいた事か! やっと・・・という感じですが、廉価版での発売はとても嬉しいです。
あらためてパラマウントに感謝感謝。