黒門町である。完璧に決まっている。落語と云うジャンルに留まらず、全ての話芸の頂点がここに、ある。
私はTBSの早起き名人会を、中学の時に聞きながら過ごした世代である。だから生の文楽師は勿論知らない。現役中は最高の名人として自他共に許した存在であったが故か、亡くなってからその反動でライバル志ん生師が一方的に持ち上げられ、かなり影が薄くなっている。(このムーブメントは談志師や川戸貞吉氏辺りが意識的に始めた事だと思うが)
志ん生師を天才と評価し、不世出と称える向きが多い。勿論志ん生師が天才としか云い様のない、渾身咄家とも云うべき稀有の存在であった事に異議を唱えるつもりは毛頭ない。
しかし、不世出と云う意味では黒門町こそしかるべし、と私は云いたい。
明治・大正からの江戸情緒が、敗戦によって徐々に姿を消していく中にあって、最後に咲いた大輪の華。江戸言葉をベースにして、絶妙の間とテンポに支えられた、精緻でありながら冷たさのかけらもない血の通った話芸は、もう現代では再生不可能であろう。
志ん生師は天才なるが故に、不世出ではない。天才出現の可能性はゼロではないからだ。また天才なるが故に、時代背景を必要ともしていない。
しかし、文楽師は江戸がまだ生きていた時代だからこそ現出し得た芸だった。完全に江戸が東京から消え去る前に、落語の神様が我々に見せてくれたオーロラとも云うべき存在。それが八代目桂文楽師であったのだ。