前作『夢の夢』では目いっぱい誉めてあげたつもりなんだけど、こちらの作家先生、今作では、また悪い癖を出して元にもどっちゃったね。
江戸時代を舞台にした小説をものにするなら、最低線ぐらい、どういう時代だったのか、承知しておいて欲しいと思うんだよなぁ。
第2話.「八丁堀の同心の屋敷はおよそ百坪だ。…中略… 寺坂は代々定廻り同心で、…中略…狭いながら自慢の庭があった。そこには泉水が掘られ、鯉が泳いでいた。「若親分、おれ、楓川の水を汲んでくる。庭の泉水に水を溜めておけば、まさかのときに泉水の水が使えるからな」…中略…「寺坂様、泉水の水があふれそうだよ。掻い出しておこうか」と亮吉が聞いた。「親父の代からの年寄り鯉がいささか驚いただけのことだ。池の外に飛び出さなければかまわんぞ」」ってねぇ、恐れ入ったよなぁ。
八丁堀は江戸前の海面だったところを埋め立てた土地。周りを囲む河川は、どれも干満のある汐入の掘割で流れる水は皆んな塩っぱかったし、井戸を掘っても飲み水にならないんで、玉川上水が八丁堀まで引いてあったわけ。どうして水道の水を汲んできたんではいけなかったのか?
可哀相に泉水の「年寄り鯉」さん、たっぷりと海水を呑まされて息も絶え絶え、くたばっちまう寸前だろうなぁ。
第5話.「なんでも古着屋伊勢元では、伏見小紋と名付けられた紅うこん地の長襦袢を売り出して、大あたりをとっているそうでございます。なんでも若い娘が大勢押し掛けて何枚も買っていくそうな」 「富沢町も新ものを売り出していいのかえ」 「伊勢元の倅精太郎は古着伊勢元と分かれて新物伊勢元の看板を上げたそうでございます」 「富沢町でか」 「高砂橋際です」 「新物なれば格別に八品の鑑札は要らねぇからな」と。
ついつい、現代人が仕出かしそうなチョンボだねぇ。
江戸時代、いまで言う「つるしんぼ」、つまり縫製済み新品の衣類を販売するお商売はなく、出来合いの着物は、すべて古着として扱われていた。新ものは、絹ものなら呉服屋、木綿・麻ものは太物屋の扱いと分かれていたが、売っていたのは生地反物ばかりで、既製品で着物の新品というのは扱ってなかった(時代考証の出鱈目さで定評のあるテレビ時代劇でも、さすがにレディメイドの「着物屋」ってのは見たことがない)。なぜならば、当時の主婦たちにとって裁縫や洗張りは普通に家事の一つ。嗜みとして女性なら誰でも出来ることになっていたんで、反物で買って自前で着物を仕立てるのが当たり前って時代だったからだ。
それに、曲線を多用する洋服と違って、和服ってのは直線裁断と直線縫で仕立てたものなんで、器用な人なら小半時(約30分)もあれば着物1枚仕立てたという。店によっては、お客さんの注文でイージーオーダーも受けたけれど、ちょいと高禄なお武家の奥向きや、お大尽の商家なら縫物方専属でお針子さんを抱えていたもの。
それより何より不可解なのは、新しく店舗を出すのにあたって、どうやって「株仲間」の「株」を手に入れたのかサッパリ解らないこと。
江戸時代でも、もうこの寛政の時代ともなると、ご公儀公認の縛りで、呉服商や太物商組合の仲間株は雁字搦めに株数が固まっていた(相撲部屋の親方株みたいなもの)。
もとから古着屋株は持っていることになっているので、そっちは問題ないが、新しく「新もの」を扱う商売を企てるのなら、呉服屋か太物屋商いの許しを得る「仲間株」を手に入れる必要があるだろうに、どこでどうやって手に入れたのか、経緯の説明がない。
「伊勢元」なる古着屋の若旦那が、借金の担保に入れた実家の「古着屋株」を高利貸に取りあげられないための金策が動機で、「新もの」を商う「新伊勢元」なる店舗を開店するというプロットの小説になっているのに、前後、まるで話の辻褄が合ってないんだよな。
株仲間の「株」ってのを、現在の「古物商鑑札」のような数に制限のないものと勘違いしているんじゃないのかな?
『紫房の十手』に続く、