どの対談相手も、雨宮さんだから相手も気楽な雰囲気で話せただろう切実なエピソードに満ちている。書名のとおり、当事者の言葉は、よそ事きれいごとが通用しなくて、ここまで言うか的な本音も続出、こういう本はなかなかない。
例えば、イラクで人質にとられたことで一躍知られることになった高遠菜穂子が、人質にとった側のメンバーと別れるとき、「君とどうしたら友達になれるだろうか」と言われたんだそうだ。ページを繰る毎に「わざわざ戦地にボランティアにいく、なんかそういうの好きそうな若者」というイメージが壊れていきました。こんなに本気だったんだと。
いじめられていた本人が実際のいじめの話をしている章の、元加害者に会ってしまう地元を離れ、違う町の路上で暮らしたとき、どこかで「安心した」っていうエピソードとか。彼の章は、かなり厳しい内容になっている。
高遠さんの話にしても、いじめの章の彼の話にしても、「こういうもんだろ」と適当にすませてあったレッテルをびりびりに破かれるリアリティがあって、どんだけ自分がよそ事で生きているかとはっとさせられる。
当事者であるっていうのは、弱さを引き受けるって言うこととどこかでつうじてるみたいで、かっこわるさだってあるかもしれないんだけれども、でもこうやって話す(表現する)こと自体がもっている強さっていうものがどこかにあって、それは彼らは弱さを認めているから、それを話すことができるということで・・これほど強いものはなかなかなかったりするんではないか。
そういうこの本は、弱さをへた、新しいつよさのはじまりをかすかに予感させる秀作対談集、いや戦略会議なのだ。