与謝野源氏は、やはり手放せない。
同じ角川文庫版なら、以前の全3分冊のほうが便利だったが、
こうして新しい組で読むと、5冊版の読みやすさは、確かに認めます。
(カバーも、3分冊の旧版よりかなり上品になりました)
3分冊版にも書いたけれど、ほんとうは原文を読むのがいいに決まってる。
しかし、いかんせん注釈首っ引きでは、「小説」を読む高揚感は得られない。
かといって、与謝野訳以後も昭和、平成とやむことなく出る有名作家たちの
「現代語訳」「個人訳」には拒絶反応があって入っていけない。
もちろん「あらすじ」本では物足りない……そんな方にぜったいお薦め。
三島由紀夫は、かつて次のように絶賛しました。
〈与謝野さんのは、これはぼくはたいへん好きで…(谷崎に比べて)
漢語をとても自由に駆使して…不羈奔放に使っていますからね。〉
さらに、
〈たとえば賢木巻に「傑出した人の行動は目に立ちやすくて気の毒である」…こういう
ものは、与謝野訳のある意味の明治ハイカラ的要素で、とてもすぐれていますね。
じつに入りやすく、のみならず、漢語からくるエレガンスがあるので…。〉
(瀬戸内寂聴との対談より)
そして、当代屈指の本読み、松岡正剛氏の評価。
〈ぼくとしては、日本で最初に『源氏物語』の現代語訳にとりくんで、
かつその後のどんな現代語訳をも凌駕している『与謝野晶子訳・源氏物語』を
読んでもらいたいというのが、本音なのである。
晶子の源氏にくらべれば、円地源氏も瀬戸内源氏もお話にならない。
ぼくは吉本隆明の古典の読み方にはいささか文句があるのだが、吉本が
「源氏は晶子のものが群を抜いている」と評価していることには一目おいている。〉
私見では、なんと言っても、晶子の男女観のバランスがいい。
その結果、過不足なくしつらえ直された日本建築――伝統の工法を尊重しつつ、
現代の住まいとしても十分に居心地がよい――に足を踏み入れたときのように、
いっしゅんの緊張ののち、忘れがたい、立ち去りがたい体験が得られます。