人間にとって、過去はかけがえのないものです。それを否定することは、その中から生まれ育ってきた現在の自分を殆ど全て否定してしまうことと思えます。けれども、人間には、それでもなお、過去を否定しなければならない時がある。そうしなければ、未来を失ってしまうことがあるとは、お考えになりませんか。(柴田翔『
されどわれらが日々ー』第六の章「節子の手紙」から)
昨年(2010年)、革共同(革命的共産主義者同盟)の両派(全国委−中核派・革マル派)における労働戦線の象徴的指導者が相次いで死去した。一人は中野洋・動労千葉前委員長、他の一人は松崎明・JR東労組元委員長であった。さらに、もう一人、当書にも登場する60年安保闘争のシンボル的な中核派幹部も息を引き取っていた。それは北小路敏で、彼は安保闘争を担った第一次ブント(共産主義者同盟)分裂後、清水丈夫らと共に革共同に移行している。この頃、「姫岡玲治」のペンネームで「ブント最大の論理的支柱」(本書)だった青木昌彦や西部邁らは、清水らと袂を分かったのだった。
ところで、清水は運動面で、青木は理論面で、それぞれブントが領導する全学連を牽引したわけだが、事実か否か判らぬけれど、この二人に関しては面白いエピソードを仄聞したことがある。二人は、革命を夢見て「レーニン全集」を読破するに当たり、清水は全集の前から、青木は後から、それぞれ分担して読み始め(あるいは、逆かも…?)、その結果が今日の二人の状況を示している、というものである。それはともかく、本書のタイトルは厳密には「安保全学連と東大全共闘」といった感じにはなるであろうが、小熊英二とは違って、著者は関係者への取材・採録も行っており、好感が持てる。
最後に、著者は「戦後学生運動の歴史は、希望が潰えていく道程だった」とか「新左翼運動とは、若者の正義感を狂気とテロリズムへと追い込む悪魔の道だったのではないか」などと辛辣な評価を当著で下している。この論評については、読者個々の判断に委ねたい。[文中敬称略]