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入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書)
 
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入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書) [新書]

竹村 牧男
5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

仏教とはこんなにモダンな思想だったのか! 実体を否定する縁起と無我。意識下の世界を究明する唯識思想──。 現代哲学を先取りした思想の本質を、第一人者が解き明かす入門書。

内容(「BOOK」データベースより)

縁起・無我・空・唯識―近代合理主義を超える思想の本質とは。今こそ仏教を読み直す。

登録情報

  • 新書: 264ページ
  • 出版社: 講談社 (2009/4/17)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062879883
  • ISBN-13: 978-4062879880
  • 発売日: 2009/4/17
  • 商品の寸法: 17.2 x 10.6 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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51 人中、36人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By デルスー VINE™ メンバー
形式:新書
ともすると骨董めいた過去の遺物のように思われがちな仏教哲学が、
実は現代の最先端を行く物理学や言語哲学、生態学などを先取りしていた、という論じ方自体は、
どこかで見たような光景、という以上の感慨をもたらすものではなかった。

気になったのは、「仏教とは実にモダンではないか」という言い方が何度も繰り返されることだ。
言わずもがなのことだが、モダン=かっこいい・洒落ている、という価値判断自体が、
そもそも近代以降の進歩主義史観に沿ったものでしかなく、
少なくとも仏教本来の考え方の中にそのような視点はないはずなのだが、
本書では仏教の時間論についても論じられているにもかかわらず、
そのような言い方が無批判に採用されてしまうということ自体、
現代という時代において仏教哲学を骨身のレベルで理解し、
実際の生活に活かしていくことの難しさを、逆説的に示しているように感じた。
(まあ、著者からすればこの言い方も方便なのだろうが、 それはそれとしてひと言断りがほしかった。)

また、これはかなり個人的な感想になるが、
たとえば数や時空の本質について自分の頭で徹底的に考え抜いた結果、
これしかないという形でまったく独自の世界観にたどりついた数学者や物理学者が語る
確信に満ちた言葉の数々に比べて、仏教学者の哲学理解というものが、
しょせんは過去の賢哲の言葉を受け売りしているだけの、
どこかあやふやで底の浅いものに思えてならないことも多い。

では著者が言うように修行体験があればいいのかとなると、そうとも限らないはずで、
数学者や物理学者(のほとんど)はとくに瞑想などをしているわけではないだろうし、
結局、原典読解の語学力にキャパの大半を取られる仏教学という学問の在り方自体に、
自由な思考を妨げる構造的な問題でもあるのかもしれないとしても、
ニーチェなどはもともと古典文献学者だったのだから、それも言い訳にはならない。
中沢新一のような偽者ではない、真の天才って出現しないものだろうか。
このレビューは参考になりましたか?
16 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 八雲立つ VINE™ メンバー
形式:新書
仏教の概説書は仏教用語の解説から入るのがふつうだ。無常とは、覚りとは、空とは、華厳とは、業とは、輪廻とは、唯識とは、解脱とは…?といった具合に。

それは仏教の側に立った、仏教の都合による説明といえなくもない。著者もこれまで、例えば『「覚り」と「空」』(講談社現代新書、『インド仏教の歴史』と改題して現在、講談社学術文庫に入っている)や『華厳とは何か』(春秋社)に見られたように、そういうスタンスで本を書いてきたと思う。戦後教育は西洋的教養を基盤とし(そのこと自体、問題とされようが、それはさておき)、その中で育った世代にとって、仏教の教義・思想はどこか特殊で入りずらいものがあったように思う。

その点、この本では「哲学として」仏教を語ろうとする。そもそも哲学とはギリシャに発する思考態度で、そこから西洋哲学が展開された。もともと東洋思想には馴染まないものである。「哲学として」仏教を語るとは、西洋哲学と東洋思想の間に架橋する営為といえよう―これはなかなかできることではなかったろうと思うのだ。先駆的存在としては西田幾多郎、近年では井筒俊彦『意識と本質』(岩波文庫)が代表的といえようか。もちろんこれらに比肩しうるのは至難だが。

先行レビューになぜ25年前にできなかったのか、との論点があったが(【追記】その後、そのレビューは削除されたようです)、この著者にしてそれだけの時間の蓄積を要したのであろう。そうしたことを感じさせる一冊である。著者の論法に抵抗感をもつ向きもあろうが、啓蒙書における便法(これも仏教用語だったか?)と見たい。いろいろな試みがあっていいのではないだろうか。同じく講談社現代新書から出た武澤秀一著『マンダラの謎を解く』でも感じるのだが、開かれた「哲学として」仏教を横断的に語れる人は稀有だし、その著書は貴重と思う。
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15 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By hiroto
形式:新書
本書は、実は我々のすぐそばにあった仏教の哲学、しかも実践としての哲学を丁寧に教えてくれます。日常行為の根拠を問うこともなくあたふた生きている私は、教養として、知識として西洋哲学を遠目に眺めておりましたが、思考の習慣性を相対化させ、その世界を変えるには仏教も学び、少しでもその哲学を浸み透らせて行動に移すことが大切と実感させてくれました。
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