比べるものが他にないと思われる源氏物語読解のための手引き。
(沢山読んだわけじゃないので偉そうなことはいえませんが)高校時代から今まで、色んな本によって源氏物語を読もう、理解しようとしてきましたが、上手くいかなかった。
そんな自分が、この本で初めて、読み通せました。
今まで僕が読み通せなかった点として大きな点が2つ。
1.紫式部の文体が複雑ですっと理解できない。
谷崎、瀬戸内、円地等優れた訳があるといわれますが、訳だからこそ式部の文体を基調とするわけで、時々読んでて苦しくなります。
これは「伊勢物語」とかにも個人的には生じてくる問題で、要するに、室町以前の日本語は現在の日本語と似てはいるけどどうしても大きな距離を持っているという点です。しかし、「伊勢物語」は短編でテーマもシンプル、コツを掴めばなんとか付いていけます。源氏はそうはいかない。
2.どこが猥褻なのかわからない。
源氏物語の歴史は猥本扱いと芸術扱いと両極端のあいだと行ったり来たりの歴史…と、高校の文学好きなら知っていることです。そして思春期真っ只中の高校生なら、猥談を楽しみに読んでみたくなる(笑)。しかし、訳本をめくっても、偉い先生の新書を読んでも、そこらへん、さっぱり分からない。「ここで行為があった」なんて注釈ではさっぱり興奮しない。なんだか立派で神々しい方々が雲の上で戯れているような印象しか受けない説明が多いのです。
要するに、男女の仲において精神的な面しかよく分からない。肉体的な感触を感じない。そういう解説書が多くって不満でした。
さてこの本。
日本語学者の大野氏が現在の日本語と紫式部の日本語感覚を地続きにしてくれます。単に1対1の意味照合ではなく、その語が持つ語感をとても具体的に表してくれてます。それと、その語の平安時代における価値観まで示してくれます(要するに今で言う、関西人にとってのバカとアホの重みの違いのようなものですかね)。それを元に丸谷氏が翻訳してくれる。これで1.の問題で読めないという悩みが少し晴れます。
そして、2.について。上品に性的なことを論ずるのにうってつけの丸谷氏が「ここは実事ありですかね」と尋ねてくる。「きっとそうですよ。ほら、ここの描写がこういうことを意味しているから、激しかった…と」「ほぅ、気付かなかった(笑)」というじめっとしてない雰囲気で話してくれます。それを聞いているとくすりと笑いたくなる。それが、昔この物語を聞いていた女房がこうやって楽しんでいたんだという理解に繋がっていきました。この目線で見ると確かにエロティックになっていくのです。
上巻では光源氏が上り詰めるまで。お二方いわく、未だ紫式部の小説家としての腕が熟練しきる前までの話になります。
個人的には、やはりここまでの式部の文章は読みづらかったです。