ちまたにあふれる量子論の啓蒙書とは一線を画した 「場の量子論」 発展史。
本書の特長は2つあります。
1つは歴史的な原論文を読みこみ、量子論発展当時のようすをリアルかつ綿密にとらえていること。
2つめは、簡略化した数式をもちいることで、量子論のポイントとなる考え方を一般の人たちにも直感的にわかるよう解説している点です。
アインシュタインの光量子仮説の論文には、当初プランクの定数hが使われていなかったことや、ボーアの論文が思考のつぎはぎ状態であまり美しくないことなど、一般の解説書には記載されていないような話も本書には述べられています。
そのため、量子論発展の経緯だけではなく、当時の研究者たちの人間模様や現場の雰囲気などが伝わってくる内容となっています。
量子論の発展にかかわったあまたの天才たちの中でも、とびぬけた光彩を放つのは、やはりディラックとパウリでしょう。
気むずかしく無口な孤高の天才ディラックが、つぎつぎと斬新なアイデアをくりだし量子論を牽引する一方で、膨大な学識と洞察力をそなえた辛辣な批評家パウリは、さまざまな批判的立場から精力的に量子論の改良をおこなっていきます。
とくに、ディラックがパウリのスピン表記を踏み台にして、相対論的な波動方程式(ディラック方程式)をみちびきだすくだりは圧巻。
ディラックの発想のプロセスを、(一般むけに簡略化した)数式のかたちで説明してくれているため、新たな方程式を見つけだすディラックの興奮が、こちらにも伝わってくるような臨場感あふれる解説となっています。
自信家のパウリがディラックの論文に目をとおし、さぞや大きな衝撃を受けただろう光景までが目に浮かびました。
パウリといえば、21歳という若さで書いた 「
相対性理論」 の学術的な解説でも知られた、相対論の第一人者であり、いわば得意分野でディラックに水をあけられたかたちとなったからです。
(ちなみに、朝永振一郎博士も 「
スピンはめぐる」 の中で、ディラックはパウリのスピン表記を参考にしたのではないかと推測しています)
もっと専門的な量子論の歴史を読みたい方には、高林武彦 「
量子論の発展史」 もオススメです。
ディラックの伝記はこちら 「
量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯」。