『先生と僕』というタイトルが良い。これは、まだ若い夏目「先生」と、彼を慕う若者たちとの友情の物語だ。子規のような漱石の大学時代の親友、寺田寅彦のような高校の教え子、内田百聞のような追っかけファン、芥川龍之介や野上弥生子のような作家としての門下生。彼らは十代から二十代、みんな若いから、エピソードも初々しい。都会育ちの漱石が、眼前にある田植えされた苗が「稲」だと分らず、子規に「何て草だい?」と尋ねた話、夫がいる野上弥生子が「想っているくらいいいじゃない」と、中勘介に“秘めた恋”をしたが、周りは知っていた話(そうか、田辺元とのことも、なるほどね)、漱石の親友狩野享吉が一高を全寮制に変えたとき、一高生鳩山一郎の母春子が「うちの息子だけは例外で“通い”にして」と談判しに来たこと(なるほどね、そういえば由紀夫ママも息子思い)。とはいえ、漱石はとても神経質になる時があり、妻の鏡子や弟子たちの心配ぶりもよく描かれている。裕福な家には住み込みの「書生」がいた明治という時代、先生と弟子たちの間には、ゆったりとした贅沢な時間が流れていた。用事もないのに、弟子たちはしょっちゅう漱石の家にやって来ては、勝手に歓談し、自分の家のように泊まっていく者もいる。別に嫌がらない漱石。寺田寅彦は、追悼文にこう書いている。「先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは自分にとってどうでもよかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったのではないか。先生が大家にならなかったら、少なくとももっと長生きをされたであろうに」(本書p74)。また芥川は、漱石はその眼が人を惹きつける特別の魅力をもっていたと証言する。みんな、漱石その人が大好きだったのだ。