本書は、大和ハウスの創業者、石橋信夫氏の教えを、現大和ハウス会長の樋口武男氏がつづったものである。
薄っぺらい教訓と違い、不撓不屈の精神で一生を過ごした氏の実体験に根差した教えであるから、私の心に響くものが多かった。また、その言葉の背景にある実話やエピソードにも堪能した。
創業当時、国鉄に「パイプハウス」を売りに行った際、ようやく会えた本社の局長に資本金三百万円、従業員十八人のところじゃとソッポを向かれる。
シャクシ定規な感覚に憤然とタンカを切った創業者だが、樋口氏につぎのように伝えたという。「宿に帰って考えたワ。言い捨てるだけなら子供でもできる。それやったらツマラン。もういっぺんコンチワ、と行くのが営業なんや」。
「商売ちゅうもんは、あくまで一対一。相手がどんなに大きくても、こちらがちゃんとした仕事をしている以上、対等や。一寸の虫にも五分の魂。その誇りを忘れたら将来は開けへんぞ」
「朝鮮戦争」と「スターリン・ショック」の二つの大事件を機に株式投資に打って出て、二十六万円の資金を三千万円の起業資金に変えたという。スターリン・ショックで株は買いだという声が多い中、値がさ二銘柄に対して五百万円投じてカラ売りに賭けたという。樋口氏は単に創業者の武勇伝を伝えるのではなく、その「欲」に走らないあざやかな引きぎを特筆している。
大和ハウスは樋口氏の入社した一九六三年時点で、一日一千四百八十万円の金利を支払っていたという。
では、金利負担を減らすには、なにが大切か。
「スピードと積極精神や」というのが、創業者の説く真髄であった。
新幹線と普通列車を引き合いに出し、「スピードは最大のサービス。われわれは、その形のない“スピード”というものを、特別料金を払ってでも求めるわけや」と説く。「時間を値切れ」と言い、「時間のムダはお金のムダ」と言った。
「商売は“深草少将”だ」。(深草少将のように小町のところに通う九十九日目の夜に死んでしまうのは困るが、)「商売も、こないに通いつめて、相手が心を開くまで貫徹せなあかんで」。
「商売にあっては、人の道を絶対にはずすな」
とにかく、人とのつながりを大切にする。それも、企業名よりもまず、そこで働く「個人」とのつながり。地位の高低には関わりなく、人と人との信義と礼節を守り通す。
「五十五パーセントの成功確率があると思うたら、実行せい。棚の上にぼた餅があるとして、落ちてくるのを待っとったらあかん。手を伸ばす。踏み台にのぼる。それでも取れなんだら、踏み台の上に二人で肩車してでも取ってみせろ」
「苦情のあるところ受注あり」