切れ味鋭い思想家の幸徳秋水が、師である中江兆民の事を情感たっぷりに綴ったもの。秋水の文章は古文調で始めは少し面食らうが、臆せず読むと、その巧みな比喩が集中の効果を生じ意識の高揚を覚える。そういうわけで、私事ながら、コリン・ウィルソンばかり集めた僕の「机の上の本棚」に、日本人として初めて加わった。
中江兆民の人柄とその経歴も、知的で繊細でありながら羨ましいほど破天荒であり、読むと心に晴れやかな風が吹く。
「明治二十二年春、憲法発布せらるる、全国の民歓呼沸くが如し。先生嘆じて曰く、吾人賜寄せらるるの憲法果たして如何なるものか。玉か、はた瓦か。未だその実を見るに及ばずして、まずその名に酔う、我が国民の愚にして狂なる、何ぞかくのごとくなるやと。憲法の全文到達するに及んで、先生通読一遍ただ苦笑するのみ」
兆民は快男児だし、(極めて優秀な)頭脳も持っている。そして彼を描写する秋水の文章は、理性的でありかつ人間的な温かさに満ちている。日本人必読の名文ではないだろうか。