最後の十篇、「大石最後の一日」を読み終えたる後に残る爽やかな余韻は、忌憚なく申せば吉川英治の新編忠臣蔵、芥川龍之介の或日の大石内蔵助を凌ぐものでした。思い返せば終始、物語の進行は人物による台詞のみでしたが、それは人と人とを描き分ける力量があればこその構成でした。性格に於ける個性、身分に於ける言葉遣い、時と場所に於ける公私、とりわけ最後の日、堀内伝右衛門が細川家お預かりとなった十七人の遺言を一人一人尋ね廻りながら落涙する行には僕も頬を濡らしました。そして内蔵助の初一念の結末。哀しいけれど爽やかな、これまでに読んだ作品ではベストな最後の一日です。
尚、先達の種々作品と骨子が似通う点がありますが、前置きにて「かならずしも既出作品の影響をうけ、または構想を束縛せられたるものではない。」と断られております。それは作品の材料として用いられる資料が細川越中守綱利の家臣、上の堀内伝右衛門の覚書に寄るところが大きい為だからだそうです。
大石最後の一日『日の出』(新潮社)昭和九年三月号・四月号発表