今年直木賞を受賞した北村薫が、2007年から2009年にかけて雑誌媒体に発表した8編を収めた一冊です。
北村薫が「私と円紫さん」や「ベッキーさん」のシリーズで扱ってきたような日常に潜む些細な謎をもとに紡いだ物語でありながら、怪異譚といった性格を強く持つお話がそろっています。
しかし必ずしも多くの読者に好意的に受け止められる物語ばかりではないような気がしました。
表題作の「元気でいてよ、R2-D2。」にはさほど感心しませんでした。
「腹中の恐怖」は確かに怖気(おぞけ)を震(ふる)って立ちすくんでしまうような展開を見せる物語ではありますが、北村薫の長年のファンを自認する私には、彼の紡ぐ物語というものに対してある一定の期待値を持っていて、そこからは遥かに遠い不気味さが残る、後味の悪さが気になりました。
「さりさり」と「よいしょ、よいしょ」にも特に思うところがありませんでした。
一方「マスカット・グリーン」には、人生の路傍に思わぬ形で置かれた密やかな闇を見せられた気がして、実に北村薫らしい一品だなと唸らされました。この物語の闇は誰しもが気づくわけではないものですが、主人公の涼子はふとしたきっかけで気づいてしまいます。闇の持つ妖しさのみならず、気づいてしまうことの痛みにも思いが至ります。
私がもっとも気に入ったのは「微塵隠れのあっこちゃん」。
人生を歩む上で誰もが等し並みにそれぞれ積み上げていく記憶のかけら。あつ子があの日、明るい障子の向こうに見た日常がひときわ大きなかけらとなって彼女の人生を、時に重く圧(お)し、また時に懐かしい温もりをもって包みこむ。
同様に私にも「きっと、人生の終わり近くになっても、まだ鮮やかに思い出す」その時があるはずだ。
主人公と読者である私が重なる一瞬をそこに見出すことが出来る一編として読むことができ、私は今とても嬉しく感じています。