野球小説です。けれど、野球に関する知識なんてあんまりいりません。私は野球になんか興味はありませんが、この小説はとても楽しめました。何故なら、この小説が「小説」だからです。試しに、この小説にでてくる「野球」という単語を「小説」という単語に置き換えて読んでみてください。おそらく通じるはずですし、高橋源一郎はおそらくそういう書きかたをしているのだと思います。
この小説を読むと、私は何かとてつもない不安にかられてしまうのです。それは郷愁のようでも哀愁のようでもあります。自分がひどく不確かで頼りなく、自分が見ている世界は世界のふりをした「野球」ではないかと思えて、不安になってくるのです。
私たちはしばしば、物事を意味のあるなしでわけようと思います。けれど、高橋源一郎は意味にはレベルがあると思っているのでしょう。それは、絶対的なものの否定です。意味がまったくない、ほんのすこしある、ほんのすこしよりもすこし多くある、それよりまたちょっとだけ多くある。意味のないものよりもちょっとだけ意味があっても、それは意味がないのと変わりないのです。私たちはこの意味のない小説を読んでみるべきなのです…。そして、なんて意味のない小説だ!と一度叫んでみるべきなのです……。