この本には、素直に、「人間は本来素晴らしい存在である!」。
人をどのようにとらえるか?の点で「見方がその人を創る!」ということが、
本来の人間の姿なんだなあと言う感動のエピソードが詰まっています。
子供が行動をするとき、どんな動機に基づいてするのでしょうか?
子供も大人同様、価値判断の基準にはその人なりの世界観があり、判断したことは人格としての重みがあると思います。
でも、世間では、親や教師が子供に向かって、「よい子・わるい子」を判定しています。
野口嘉則さんのブログでも書かれていますが、
これは、いわゆる二元的な見方。
二元的とは、良い悪い、正しいか間違い、正義か悪、上か下、のように、物ごとを2つに分けてしまう考え方です。
しかし、人間はいわゆる良い面と悪い面を両方複雑に持ち合わせ単純に割り切れる物ではないと思います。
二元的な見方になってしまうのは、複雑なまま受け入れられない、分かりやすくしたいという人間の理論的思考の働きで、楽に理解したいためにレッテルを貼って安心しているのだと思います。
これは、物ごとを割り切って短絡的にする思考(=デジタル思考・インスタント思考)とも言えますし、いらぬ差別を生んだり偏見を助長する事にもつながりかねません。
そして、私は人は全て本来善人であるという性善説を取りたいです。生まれながらに悪の人間はいません。
わるい子的な要素があったとしても、それは、家庭や地域や周囲の環境でそうせざるを得なくなっているのかもしれませんし、
また、物を失う不安や愛を失う恐れがそうさせてしまって、本来の善なる存在を覆い隠しているだけだと思います。
わるい要素はその人本来の姿ではなく、表に現れた一つの要素であり、仮の姿。
そしてそれは逆に言えば、周囲の目線や見方が創り出したものだとも言えるのかもしれませんね。
本来の人間は、「一元的な尊い素晴らしい存在という見方をしていきたい」と気づかせてくれる感動の書籍です。