どうしてこんな事件が起きてしまうのか。この子を加害者・被害者にしないために、どうすればよかったのか。…それまで想像だにしなかったような衝撃的な事件が起きるたび、多くの保護者や子どもの周囲の大人たちが、やりきれない不安や焦燥にさいなまれます。この本が取り上げた事件もそうでした。
日本の司法制度は、少年犯罪の厳罰化に舵をきりましたが、それは被害者家族の悲しみや憤りを煽情的にとりあげるマスコミに左右された面が大きいと思います。知りたい・もう起こしたくない、という願いには、いまだ答えがありません。触法少年たちと向き合う現場の方々は、大変なご苦労をしながら、彼らが抱える諸問題と取り組んでいるのだと思いますが、その取り組みを今後の家庭・子育て・社会に活かせるような、冷静・公正な情報開示は、ほとんど行われていないのではないでしょうか。その間隙に、こういう本が出てくるのだと思います。
知りたいから、読みます。しかし、思わせぶりな「字義通り性」の登場から、著者のスタンスが決して公正ではないことが早くも透けてみえます。この事件を引き起こしたのが「広汎性発達障害」であったと言いたいがために、実際の調書を恣意的に省略したりしてはいないのか、疑わしくなってくるくらいです。また、少年の父親が「教育」の名を借りた虐待やDVに走った背後に、父親自身が育った環境も関係があったとして、父方祖母まで取材しておきながら、父親に関しては断罪的な著述に終始し、虐待の連鎖という観点が全く感じらません。こういう問題を扱うプロにはちょっとあるまじき態度だとさえ思えます。著者は矯正の現場にいた人だということですが、それらしい誠実さや視野の広さが感じられず、読後はこの本を読んだ自分に嫌悪感すら覚えてしまいました。
こういう形ではなく、知りたいのです。正しい情報から、正しい理解、問題の解決、不安の解消、安心と信頼…と進んでいきたいのです。そのために、きちんとした制度を作ってほしいと思います。人にはいえない手段で入手し、バイアスをかけて公表する、こういう書籍に頼りたくはないのです。でも頼ってしまったので、恥ずかしながら☆1つにはしませんでした。