「人生は独りで演奏するソロではなく、様々なパートの音と響きあいながら奏でるコンチェルトのようなものだと気づいたとき、大きな奇跡を起こす」。はたしてそんな場面が映画のどこにあっただろうか。本作品は、「天才少年の孤立を描いた物語」でも「傲慢な天才少年が周囲と合わせることの大切さに気づく物語」でもない。内容紹介は明らかにこの作品の本質を誤認している。
老ピアニストは言う。親や教師のためにではなく、自分のためにピアノを弾きなさい、と。祖父もまた、一度手放してみれば大切さに気づくと主人公を諭す(この作品を観た人はおわかりかと思うが、事実、主人公は一度、それを試みている)。この二つのセリフこそが、この作品のテーマを読み解く鍵である。
本作品は、天才少年が、才能があるからでも、周囲に期待されるからでも、協調性の大切さを知ったからでもなく、自らのピアノに対する深い愛に気づいたがゆえにピアノと向き合うまでの過程を描いた物語なのである。『僕のピアノコンチェルト』という邦題に騙され、「コンチェルト」という演奏形式に深い意味を見てはいけない。事実、原題は単に『VITUS』であり、「ヴィトスの物語」を意味しているに過ぎない。