浜田省吾が語る実質的デビュー作、HOME BOUNDを中学二年生の時に、たまたまFMで丸ごとスタジオライブでプレイしているのを聴いて衝撃を受けてからの信者だ。
その後、愛の世代の前にをリリース、武道館公演を成功させライブツアーはON THE ROADと名付けられ、その歴史は1982年から始まり現在まで続いている。野外イベント A PLACE IN THE SUN(海の中道海浜公園、横浜スタジアム、浜名湖)を含め100回以上、参加した者として今回の作品は長い間ファンとして待ちに待った作品である。テレビなどの露出が極端に少ない為、80年代からの映像は夢のまた夢でした。
しかも選曲はプロテストソング(様々な政治的メッセージを歌詞に込めた楽曲の総称)ばかり。 確かに浜田省吾の核となる部分である。広島で育ち父親を被爆体験者として持つ彼が、これらのナンバーを放つ時、強烈なロックサウンドで怒りを示す。 でも、それは浜田省吾の、また一面でしかないのも事実である。 彼の音楽的ルーツとなるビートルズやモータウンなどを聴いて育った黄金のメロディーラインはミディアムやR&BやバラードなどのLOVE SONGで発揮される。しかし沖縄基地移設問題や終戦から65年の節目からか遂に怒りは頂点へ。 この作品で浜田省吾が日本人としての誇りを激しいビートと共に炸裂させる。
追記
何十回とライブで聴いてきた僕と彼女と週末にですが一番感動的だったのは1983年、浜田省吾、初の野外イベント A PLACE IN THE SUN 海の中道での満天の星空の下で凱旋門の、あとに演奏された僕と彼女と週末にです。心が打ち振るえました。周りの女の子たちも泣いていました。大サビの時(現在のようなスクリーンなどない時代でした)に何百個ものバックライトが全てレッドになり何万人という観客が真っ赤に染まったのである。しかし残念ながら、まだこの時代は浜田省吾自身、映像作品を制作する意志も、あまりなく今回の作品は86年のJ-BOYツアー以降のものである。
ちなみに今回、収録されている浜名湖 渚園での僕と彼女と週末にではステージ後方に真っ赤に燃える巨大な原発が現れるのだが88年の映像は少し粗く、その物体は確認出来なかった。 もしくは社会的な問題からか意図的に消去された可能性も否めない。