三田誠広の本で売れているのは、この「僕って何」と「いちご同盟」くらいか。
知名度の割にはその作品があまり知られてない作家である。
1948年生まれの著者より、10年以上若い世代がこれを読み終わっても、なぜこんな小説が芥川賞までとったのか理解できなくて、怪訝に思うだろう。
時代の変遷とは恐ろしいものである。
なにも説明がなければ、こんなありふれた男をなぜ描かねばならなかったのかまったく理解できない。
この作品を評価する前に、理解しておかなければいけないことが2つある。
第一に、18歳にして「Mの世界」で文壇デビューした筆者がその後、大学生、サラリーマン時代を通じて、
難解な哲学小説、(つまり必然的にこれは“自分とはなんぞや”というテーマになる。)を書こうとしていたこと。
第二に、著者自身が学生であった頃はいわゆる“学園紛争”時代であり、この小説もその時代を背景にしており、
これが発表された1977年頃は日本の文壇にはまだその名残が強く残っており、肩肘張った「男」像が時代の規範であったということ。
この二つを背景として、当時としては珍しい軟弱で世間知らずで、その上どことなくお坊っちゃん風の「僕」を
主人公とすることにより、あの頃の社会を描写するとともに、
タイトルの「僕って何」という哲学テーマをポップな形で提出したのがこの作品で、
これが当時としては衝撃であったということなのである。
あとがきにあるように、文学者としての道を半ばあきらめざるを得ない状況にあった彼が、
編集者に助けられてなんとかこの小説を作品として発表し、
結果として芥川賞を受賞し、文筆家として創作活動を持続できるようになった。
三田としては、本当は、特定の時代にだけ通用する人間観ではなく、
時代をも突き抜けるものを書きたかったのではないかと推測する。
優秀な頭脳と豊かな教養をもった都会人の三田は、その世俗性のなさ故に損をしているのかもしれない。