茂木さんの人となり、考え方や文章が知りたくて、新聞の書評に感化され本屋で購入しました。
今年買って一番買わなければ良かったと考えた本第一位です。
涼しげな写真が表紙の本当にきれいな装丁の本で、タイトルも人をひきつける良いタイトルで、これで中身が良かったら大事な宝物となりそうな本なのに・・・いや、中身がひどかった。
OL向けの女性誌の連載にありがちな、人生や考え方指南。プラス、ちょっと小難しい知識を含んだ文章をくっつけた、という感じ。
すべての章の読み物がまさにそうだから、まるで文章の鋳型があって、そのような型に合わせて文章を当てはめていった、という感じです。
いくら読者の対象を的に絞る、そういった意味で制約のある文章だとはいえ、ひきつける文章を書く人は書きます。
でもこの本は、とにかく文章にひきつけるものがない。
また、そのような文章力云々より、話のもって生き方がひとりよがりだと感じました。
茂木さんの今までのメディアでの活躍ぶりを疑いました。
そして新聞の書評欄を信用して本を買うのは、今後は慎重になったほうがいいなと身にしみて感じました。(購入動機は、某新聞の書評でとても感情的に褒められているのを見たからなので)
本当に茂木さんには申し訳ないのですが・・・つっこみどころがありすぎて、このまま感想を書き連ねた場合、どこからつっこめば良いのかわからず、批評ではなくただの悪口のこえだめのようになりそうなので、少し控えめに書きます。
●文章の表現力が乏しすぎる。
理系だからなのか?
自分の見たもの感じたことをそのまま文章にするので、文章の味わい、豊饒さがみじんもない。
作家なんてとんでもない、かけだし作家の足元にも及ばない文章。
この文章力で、こういったエッセイ的なものを書くのはやめたほうが良いのではないかと嫌味なアドバイスをしたくなるほどです。
●茂木さんの思考の過程に疑問を抱きました。
特に「皺だらけの手の爺さんになりたい」という章。
普通に読めば、一人ひとりの労働の姿勢に暖かい視線を投げかける話です。
ですが、読了感がいまいちしっくりこない。うそくさい。
なぜだろう。と考えた結果、茂木さんが中華料理店でのこの思い出を文章にすると、やはり学者だからか、社会からの目線になってしまうからなのかな、と思いました。
つまり、相手を礼賛しておきながら、相手と同じ目線に立てていない。
相手との間に、ひとつ壁がある。
決定的であるのが、相手を心で褒め、「私の大切な人たちよ」とまで言っているのに、現実には相手との対話をしていない、まともに言葉も交わしていない点。
茂木さんに、相手に対する暖かいまなざしがあることは確かなのだと思いますが、文章の工夫のなさにより、ひとりで相手のことを思い舞い上がって消化する自慰的な文章になっている気がします。
勝手に自分なりの「中華料理屋」のイメージをふくらませ、同情を忍ばせつつ、こんな状態なのにこんなにこの人はがんばってる、人間がひたむきで謙虚な労働をすることって、ああなんて素晴らしい!って想像して盛り上がって、その中から自分なりの教訓を取り出してしめくくっている。
「ただ一生懸命、ひたすらに働くことの尊さ。
・・・あのころ、おかみさんは、人影がまばらなあのすし屋で、どんな思いでお客さんを待っていたのだろう。
背中に寂しさを漂わせたあの兄弟は、どういう経緯で中華料理屋をやることになったのだろう。
たくさんの水が橋の下を流れる中で、彼らは世間のどこに消えて行ってしまったのだろう。
私の大切な人たちよ。」
いかにエッセイといえども、直接的すぎないか。ひたすらに働くことの尊さって・・・。
以上、酷評してしまい申し訳ありません。
とにかく、なんとなく茂木さんへの興味が失せた一冊でした。