きつい仕事が立て込んで、いかにもワーカホリックで難しそうな顔をした人たちに取り囲まれている中でめぐり合った、一服の清涼剤のようなすばらしい本!
英文のタイトルがまた、素晴らしい。
Loafers, Loungers, Slackers and Bums. と一息にいってみてください。
最後のBumsというところでは涙が出そうになりませんか?
そう、彼らこそ我々の夢の体現者、
そもそも我々が必死に働くのはなぜか?
怠惰こそが究極の夢だったのではなかったか?ということに気づいて。
ちなみに和製の「フリーター」は言霊が悪いです。(アルバイト、とフリーが両方入っていると、ナチの収容所の看板と同じ)
なので、いっそのこと「ローファー」と改名してみては?
「おやじ、俺はローファーになることにしたよ」「な、なんだと(羨ましい)!?」
「おやじ、俺はフリーターでいいよ」「・・・そうなのか息子よ・・・」
上は、サーファーみたいだしカリフォルニアンだが、下は、なんだか哀しくて涙が出てしまうではありませんか。
労働に関する議論は、人間の理性だけではなくどうしても感情がからんでしまう。
しかし一定数存在する「働かない人」というのは、「ワーカホリック」に寄り添うようにして必ず存在している。あたかも、陰&陽(イン&ヤン)のように。
アメリカ人が猛烈に働いて富を蓄積し戦争を起こす裏には、すさまじく労働拒否し先祖がえりのオーガニック生活の不便さにも動じなかったヒッピーたちが存在していた。
大きな視点から見て、そうやっていろんな人たちがバランスを取りながら、世界が呼吸しているのか、という視点が持てる。
「お前らは社会の寄生虫、俺らの税金を取りやがって」VS「仕事人間なんか死んでいるも同然、企業の論理で環境破壊もしているだろう」
という二者対立の、狭量な攻撃的議論から脱することができるかもしれない。
(それでも、感情抜きに労働の問題を考えるのは多くの人にとって難しいだろうが・・)
ちなみに、女性の場合は「専業主婦か、キャリアウーマンか」の論争を思い浮かべることが容易にできると思う。
歴史の中の沈黙者でもあるLoafers, Loungers, Slackers, and Bums。
彼らというのは、
「労働観」や幸福観、人生観を問い直す、問いかける存在なのだ、という見方はあっているように思う。
ちなみにイエス・キリストだってLoafers, Loungers, Slackers, and Bums の立派な手本である。本当はあれだけの説教だって、したかどうか怪しいもの。パウロの作り話かもしれない。
弟子のパウロは間違いなくワーカホリック・タイプ。
自分がやり手人間だからこそ「働かん者は食うべからず」などと狭量な脅迫を口にしたりもするのであろう。
仏陀なんか、子育ても家業もすべて捨てて勝手にてLoafers, Loungers, Slackers, and Bums になったケース(一般社会では「ご主人が蒸発しはった」と言う)。
仏陀の場合も死んだ後に残りの人がワーカホリックになって書き留めてくれたからこそ、「のんべんだらり」と自然にまかせて悟るがままに、涅槃に入った人のことが後世に伝わった、といえるのである。
一見まともに見える企業の片隅に生息する、奇妙な動物のような
オフィスのサボリ魔をテーマにしている
Dilbertの漫画を描いている作者だって、毎日、一生懸命ネタをかんがえているんだろうなあ・・・
老子の教えとかも、老子を読もうと思って一生懸命、漢文を勉強していて、はたと
気づいたのは「こんなにがんばって勉強するのは道教の教え(タオイズム)に反しているのでは?」という皮肉である。
少しも怠け者などではない著者によって、非常によく調べられてエンターティニングに書かれた、大変さわやかな、勇気付けられる本。
カバーのイラストなどブックデザインも素晴らしい。