冒頭の震災現場に駆けつけた著者の文章に文字通り震えを覚えた。救助にあたっている車両、復旧にあたっている車両、それがどこの何製なのか、いや、そもそも、それらも機械である以上、故障も破損もするのである、だれがそれをやるのか、私はまったく考えもしていなかったのである。「山動く」も「補給戦」も読んでいた私である。猛省した。
事の大きさに、問題を大きくと言えば聞こえがよいが、抽象的に捉えてしまっていたのである。事が大きければ大きいほど「小さいこと」を確固たるものとして「備える」、それこそが本当の事に当たるということである。現場で本当のロジスティック・サポートを行っている人たちにもっと関心を持つべきだ。
著者は言う「まずやったことは、自衛隊の七三式大型トラック(三・一/二トントラック)の補修部品の品番をすべてを抽出し、在庫状況を確認、緊急用として一般とは別の在庫アカウントに移動・確保することだった。陸自は補給処に在庫さえあれば、移動も整備修理も自己完結能力を持っているので、いすゞが補充用の部品を供給できれば何とかなる」この一文だけでもこの本の価値は十分にある。著者は誰かに命令されてこれをやったわけではないのだ。彼の中のロジスティック・サポートが骨肉化されているから、まずそう発想するのだ。
いろいろな「もの」がブラックボックス化して、関心さえ失われてしまっている中、可動、つまり生きている状態を保つために何が必要なのかの知恵も知識もあやうくなっている。備えていない。それはすなわち突然の死をもたらすのでないだろうか。大災害対策を云々する前に、救助に復旧にあたっている車両の補修部品を心配した著者の現実感覚よ!。果たして現場で奮闘している人たちに私たちは著者の様な有効なサポートを作り上げているのだろうか?
ロジスティック・サポートについて、多くの実例、もしくはモデルをあげて論じている。有形無形を問わず、「もの」の維持運用に関わる人間ならば読む中で自分の盲点に気がつくはずだ。生き残るために、もう一度、自分の仕事、そして人生を検討。私も備えよう。