「偽」を冠することで「満州国(1932・3・1〜1945・8・18)」の国家性の封殺に、中国が躍起になっているのは、「満州国」がまともな「国家」であったと認めると、中共軍も日本軍同様、他の「国家」の領土を奪ったことになるからである。日本語(中国語)が話せ、記憶力があれば日本人(中国人)たり得てしまう以上、日本人(中国人)であることの根拠は何なのか?日本人(中国人)であることを保証する根拠など何もないという事実に気づいた時、根拠のなさを楽しんだ大杉栄的に振る舞えるか?である。国体を絶対視することで陥ったヒステリー・・・、根源的な不安(=無根拠性)に耐え切れず、突然、我を忘れた甘粕正彦的、破滅的な行動が大勢を占めてきたのが近代日本史である。4300万人を超える人口を抱えた満州国には、満州国民は一人もいなかった。「満州国で国籍法が制定されなかったのは立法技術上の困難さによるものではなかった。 国籍法制定を阻んだ最大の原因、それは民族協和、王道国家の理想国家と満州国を称しながら、 日本国籍を離れて満州国籍に移ることを峻拒し続けた在満日本人の心であった(山室信一『キメラ』)」のである。日本人は、五族協和の満州国人になる気など全くなく、満州国が日本国に併合される日を待っていた訳である。満州国民という無根拠性へと踏み切れず、「満州国」を「偽国家」たらしめてきたのは、文字通り日中合作である。「暗黙のうちに前提されている論理こそ―わかってみればある意味で極めて平凡な通俗的思い込みにすぎないのだが― 危険な幻想と言うべきものである(田川健三『思想の危険について』)」暗黙の前提こそが、危険な幻想(=ヒステリー)の源泉である。根源的な不安(=無根拠性)に耐えてゆきたいものである。