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43 人中、38人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
公正であることが、なぜ利益にかなうことになるのかーーープラトン,
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レビュー対象商品: 偶然性・アイロニー・連帯―リベラル・ユートピアの可能性 (単行本)
本書の序文は、上述のタイトル文で始まる。プラトンというヘレニズムの代表者と欧米哲学の背後を支えるキリスト教の主張を、公共的にも私的にも融合しようとする<欲張り(筆者)>にして、現実的で政治的な枠組みで人間と哲学の関係を検討しようとする。しかし、この二律背反的なテーマを棄て去り、公と私が共約不可能と居直られたときに、どう対応すれば良いのか、というのが本書が試そうとする議論である。そして、この矛盾に満ちた課題を解読するために、リベラル・アイロニストという人種を設定する。リベラルとは「残酷さこそ私たちがなしうる最悪のこと」と考える人であり、アイロニストは「重要な信念や欲求は、時間と偶然性を超えた何ものかに関連して」いるという考えすら捨て去れる唯名論者を指す。現実世界のアポリアを、徹底的な合理論で再検討しようとする著者の戦略的な議論は、まさに目から鱗が落ちる思いである。援用されるテキストも哲学者から文学者まで、哲学の終焉が、文学の始原と謂わんばかりに「言語論的転回(Linguistic turn: 言語それ自体への回帰)」を実行してみせ、実り豊かな議論のシンフォニーが響く。味読に値する1冊である。
9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
存在の偶然性に基づいた連帯は可能か?,
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レビュー対象商品: 偶然性・アイロニー・連帯―リベラル・ユートピアの可能性 (単行本)
正しくあることと、幸せであることは両立できないこともあるし、それでもいいじゃないか。私は私の好きな生き方を最大限享受するし、他人の好みや生き方をとやかく言うつもりはない。私的な楽しみと、公的、政治的な正しさは一貫する必要はない。そんなことで悩むのはばかげている。ただし、残酷さを最大限に避けるように努力しよう。仲間や他者の苦しみやそこここにある残酷さを避けるためならば、私自身の私的な幸福を少しだけ我慢しよう。そして残酷さを避けるように、仲間や他者を説得しよう。メタファーを使って。くだけすぎかもしれないが、基本的にはローティの勧める<生き方>は以上のようなものであり、徹頭徹尾、プラグマティックであり、正義と善を別の領域に置く、リベラリズムの理想である。 さらにローティは、そのようなリベラルの考え方は、現代の西欧社会に歴史を通じて偶然出来上がってきた考え方、思想であり、論理的に証明できたり、絶対的に正しい考えであるともいえない、とまで言い切る。 残酷さを回避することを最大の正義として、その正しさを確信しつつも、その考え方の歴史的偶然性と自己の考えの正しさの限界に自覚的であり、公的領域と私的領域の衝突を極力避けようとするリベラルなアイロニストの<生き方>は、連帯の基礎としてはとても弱いように思えるが、私自身は大変共感を覚える。 また、リベラリズムが、西欧社会コミュニティの歴史に根差した思想であるとの主張は、いわゆるコミュニタリズムとリベラリズムは本質的に対立するものではなく、リベラリズムもまた、西欧社会というコミュニティのなかで培われてきた考え方であることを再認識させてくれる。 翻訳は日本語として読みやすく、配慮が行き届いていると感じられる。 正義論の論争をはなれて、少し自分の頭でゆっくりと考えてみたいときにおススメできる傑作だと思います。
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