勝新が亡くなってもう14年ですか・・月日の経つのは早いものですね!!勝新は、1931年杵屋勝東治の次男として生まれ、1954年大映に入社。私も小さい時母に連れられてよく大映の映画を見に行きましたが、お目当ては美男の雷蔵、また、勝新の映画も良く見ましたが、白塗りの二枚目・・子供が見ても全然面白いとは思えませんでした(雷蔵の映画もそんなに面白く有りませんでしたが)。しかし、1960年不知火検校で悪役を演じ、新境地を開き、以後座頭市シリーズ、悪名シリーズ、兵隊やくざシリーズとヒットを連発するようになったのは、よくご存知だと思います。1967年勝プロを設立、そして、勅使河原宏監督、斉藤耕一監督、黒木和雄監督といった芸術派、知性派の監督と組んで作品を取ります。また、自らも顔役でメガホンを取り、手持ちカメラを多用したり、様々な斬新な手法を取り入れましたが、上映館が限られていた為、ヒットしませんでした。
また、私生活も騒がしく、女性関係も派手で、中村玉緒と離婚記者会見を開いたり、ハワイでマリファナ、コカインの不法所持で拘留されたり、話題に事欠きませんでした。そして、1979年黒澤監督の影武者に主演が決まっていながら、ヴィデオカメラを持ち込んだことが原因で(これはきっかけにすぎないと思いますが)、黒澤監督と決裂し、後任は仲代達也になるんですが(この間の経緯は相当興味深い!)、なんと完成試写会に勝新は出席しているんです!!その後勝プロは倒産し、再起をかけた1989年の座頭市の撮影中、真剣使用による死傷事故が起こり、完成しますが、これが最後の監督作となります。そして、1996年下咽頭癌で死去するわけです。
勝新のバイタリティー、活動の源となったものは、一体なんだったんでしょうか?それは、勝新のコンプレックス(雷蔵のように歌舞伎の出ではない、背が低い、アカデミックな教育を受けていなし・・)ではなかったかと著者は推測しています。しかし、勝新には、型破りな行動力があり、とっつき難い面はありますが、人間的包容力があり、人を引き付ける魅力に満ち溢れています(眞田さん、勅使河原さん、酒井さん、黒沢さん・・・)そして、著者の田崎さんも彼の魅力に取り付かれ、この本を著しました。ですから、この本は、勝新への愛情に満ち溢れ、かれの光と影を余すことなく描き出しています。しかし、勝新の影武者、見たかったなあ!!!