これまでの病気・健康に関する見方を大きく転換させた理論「健康生成論」と、過去の膨大な先行研究や先行理論を統合させた、新たな健康モデルである「健康生成モデル」を提唱した書。著者は1960年代から70年代を代表する医療社会学者の一人であるにもかかわらず、本書の中では人類学や心理学の手法と理論を駆使し、果ては医学・生物学における先行研究も踏まえた壮大な理論モデルを展開している。その発想の鋭さと思考の柔軟性は目を見張るものがある。
また、本書は刊行されてすでに20年たつが、その斬新な発想と緻密なモデルは、一部類似のものは散見するが本理論を超えるものはいまだ見ない。現代社会はストレス社会といわれて久しい。しかしながらストレスの医学生理学的メカニズムは徐々に明らかになる一方、ストレスの要因であるストレッサーへの着眼は遅れているといえる。著者はストレッサーとして、ラザルスらによるデイリーハッスルではなく、敢えて慢性ストレッサーやライフイベントに光をあて、ストレスコーピング方略ではなくストレッサー抵抗資源に光をあててモデルを形成し、心理学の枠にとどまらないマクロなストレスモデルを展開している。健康生成モデルは現代社会における保健行政や福祉施策あるいは臨床心理や看護実践等に通用するどころか大きな刺激を与えうる理論であろう。
この理論が世間に十分に知れ渡っていないのは、本書が極めて難解であるうえ、提唱者の著者本人がこの本を刊行後10年を待たずして世を去っているという点にあるのかも知れない。その点から言っても本書の邦訳は極めて画期的であると思われる。