この本では、「特別恩寵」と「一般恩寵」について書いておられる部分が印象的でした。
「特別恩寵」ってのは、イエス・キリストによる救い、あるいは、
祈りに答えて主が奇跡的に垂直的に私たちに与えられる恵みのことです。
そして、「特別恩寵」を重んずる反動として、「一般恩寵」を
軽視しバカにし批判してしまうことによって、
普通ならそこに成長や解決がもたらさせるようなケースも
手痛い停滞が起こり、または信徒の後退、交代が起きたりする。
あるいは牧師と信徒のあいだのすれ違い。
そして、見落とされがちですが、「一般恩寵」
を排除してしまえば、「特別恩寵」にも障害が及ぶことがあると
丸屋先生は書いておられます。(本書156ページあたり)
ともすると、教会では素敵でハッピーな夫婦、ところが家庭では同じ夫婦がいがみあっている
なんてこと(仮面夫婦、噛めん夫婦)もあるかもしれませんが、
(家庭内とかの人間関係における)コミュニケーションスキルは
クリスチャンであるなしに区別のない、
「一般恩寵」であって、コツコツ学ぶなら必ず向上するという
ことも、ある意味、真実なようです。
クリスチャンであればなおさら実を結ぶはずだと思います。
(159ページあたり参照)
ともあれ、狭く奇麗な世界に閉じこもって、熱心さと、
霊的アプローチ一点張りでは、
成長するはずの信仰も停滞したり、返って人間がおかしくなって歪んでしまう
危険もあり、またその前に教会を去るという事態にもなりかねません。
そして誰もいなくなったという零的アプローチになるのがこわいのです。
我慢できなり教会の外へ解決を求めて人々が出て行ってしまう前に、
教会の婦人会、青年会などで
この「健全な信仰とは何か」をみんなで読まれたらいんじゃないかなあと
私は思うのですが、これは牧師さんのスタンスに
大きく依存することだと思います。
(牧師さんが一般恩寵に対して怖れを持っておられ、
もしこういう本は読んだらダメと言えばダメですものねえ)
端的に言うと、この本は、もし必要とあれば、
「心理学を使ってよい」「カウンセラー(心の専門家、医師)の助けを借りてよい」
ということが書いてあります。