ずいぶん長い間絶版になっており、名前は聞くがなかなか入手できない書であった。今回の復刊について素直に喜びたい。大学者であるルリアがやはりすばらしいと感じたのは、シィーの記憶力の秘密を探ることもさることながら、その常人離れした記憶力が彼の生涯にどのような影響を与えたかについてについて考察している点である。ルリヤも記すように、これほどの記憶力を持つ人間が普通の人生を送ると言うことは確かに考えにくい。よいものにしろ、わるいものにしろ、彼の人生に与える影響は計り知れないものがある。
シィーが記憶術者として生計を立てていくことにより、記憶したり、想起したりする手法に変化が生じた、いや変化させざるを得なかったという点が興味深かった。特にいかに具体的すぎる記憶を適度に細部を取り除き、省略化していく過程は認知の発達を考える腕も興味深い。いかに忘れるかという課題への取り組みも記憶という機能や人生への意味について多くのことを示唆してくれる。
超絶的な記憶力は反面、具体的すぎる記憶と認知という負の面もあった。詩の解釈が苦手であったというこのように、シィーにとっては一つの後は一つの意味しか持ち得ない。膨大な記憶は抽象化という社会で生きていくための重大な機能の犠牲にしたものとも言える。社会生活が苦手であったという記述もあり、シィーは現在で言うアスペルガー症候群やサヴァン症候群と言われる自閉障圏の人間であったことはほぼ間違いないであろう。彼らも社会生活やコミュニケーションは苦手であはるが、不可能というものではないし、成長していくことはできる。記憶術者として生きていく中で直面した記憶の省略化・抽象化という課題と対応は彼の社会性・人間性にどのような影響を与えたのであろうか。やはりシィーという人間の人生には記憶の特性という認知を抜きには語れない。ルリヤも記憶の面のみに注目するのではない、シィーという人間そのものを理解しようとしたのであろう。特異な能力を持っている人はその能力のみで語られ、一人の人間としての側面が軽視されがちである。ルリヤの本書の取り組みは認知や心理を扱う人間にとっては忘れてはならない視点である。