内容紹介
「日本的活力の根源」という福題をもつ『時間意識の構造』が、〈時間〉の変革によって日本人の生き方の再考をめざすとしたら、「あたりまえの再定義」という福題をもつ本書『倫理私想』は、〈私〉というものを変革することによって、現代日本人の生き方を考え直そうとするものである。
具体的な生の諸相で、たえず行為し決断することを迫られている主体としての私が、いかに生くべきかを考えることは、それ自体がすでに哲学であり、倫理であり、それはだれもが一人ずつしなければならない責務だ、と私は考えている。そのためには、現実世界のいちいちの問題が、政治や経済の問題であるとともに、哲学や倫理の問題でもあり、専門家だけでなく、一人ひとりの課題だと見て対処していくことが今日いかに大切かを私は日々感じている。
本書は読者の一人ひとりに対して、現代の具体的な状況のなかで考えながら生きていこう、と呼びかける点では、生きた思索への入門をめざすものであるが、そのことは決してたんに初歩とか教養という軽さをさすのではない。私が私の責任で語りかけているため、私的・個人的な色彩は強くなったが、われわれをとりまく世界とその問題を想像力をもって変革していこうという呼びかけを含むかぎりにおいて、公的・共同的な性格をもつ、という自負はある。
考えるという大切な生の課題を、わかりにくさをいいことに、一手に引き受けたしたり顔の自称哲学者に独占させないで、多くの庶民のものにとり返すたたかいをいどむというのは大変なことである。それを外国語でいうとどうなるか、子どもに説明するならどう言うか―私はこの二つのことを念頭において和文和訳のつもりで書いた。むずかしく書ける人は、やさしく書くことにも努力すべきである。わかりやすく言い直しながらも、だれもが言えるわけではない一言を言うのはむずかしい。(「あとがき」より)