信長の天下(京都)所司代として京都支配を担った吏僚・村井貞勝の
実際の施政行動を緻密に追った研究書。
朝廷や公家、寺社に対する丁寧な配慮が浮かび上がり、
朝廷側も貞勝を頼りにして何かと依頼や相談事をしている。
それまで荘園も略奪され、経済的に困窮していた彼らにしてみたら
非常に頼りになる存在であったに違いない。
所領安堵や土木事業、裁判、治安維持まで含めあらゆる機能が集中しており、
相当忙しかったであろうと推察される。
その様子が公家や神官の日記に基づき具体的に描写されている。
彼は本能寺の変で、二条御所に立てこもった信忠と運命を共にし殉じている。
信忠を何とか説得して逃すことができていれば、歴史は大きく変わっただろう。
しかし彼と同じような信長の吏僚は、知行を独自に持たなかったため、
信長の死去と秀吉の台頭と共に歴史の表舞台から消えていった。
彼が生きていたとしても、また同様の運命をたどっていたのだろうか。