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厳しい人生に意味を与えるための心の支えとして人々が宗教を必要とし、特に世界のあり方を科学的に理解できなかった時代に宗教を求めてきたことは理解できる。そして、モルモン教徒達にも言えることであるが、宗教によって人は道徳的な行動を取ろうとし、自分の人生を意義あるものとして生きることも可能になり、神の下にいると思えばこそ立派な人間になろうと思うのだ。できれば、宗教なしにそれができれば良いのだが、難しいのだろう。何であれ、絶対的なものに身を委ねることは生きることを楽にしてくれるのだ。
この本では、一般的にモルモン教として知られる宗派から分かれより本質的な教義に迫った分派である原理主義教会から、さらに狂信的な教義の追求に走った破門された信者ラファティ兄弟が神の声に従って犯した殺人事件を核に、モルモン教の創設者ジョゼフ・スミスから始まるモルモン教の歴史と未だに一夫多妻制を実践している原理主義者たちの問題を丁寧に描いている(アメリカでは五百万人以上で実に人口の2.8%を占めるモルモン教信者であるが、私にとっては知らないことばかりであった)。
初期のモルモン教はジョゼフ・スミスという1人の人間のカリスマ的魅力に裏打ちされたものであり、一夫多妻制という重大な教義を捨ててシステマティックでビジネス的になった現在のモルモン教とは違うものだという。だから、熱心に信仰を追い求めれば追い求めるほど過激で排他的な原理主義的なものになっていくのだ。つまり、原理主義者は他の信者以上にその原理(教え)に忠実で熱心な信者なのだ。神の声に従ったから精神を病んでいるということになるのなら、すべての信者はそうではないのか?何が、ある宗教は合法である宗教は違法であると決定するのか?社会が積極的に信仰を激励する一方で、他方では過激な信仰者に有罪判決を下すことがどうしてできるのだろうか?という問いがこの本では追求される。信仰の本質とは何だろうか?という問いである。それは、我々日本人にとってもオウム真理教の犯した数々の事件を通してもっと深く見つめなければならない問題ではないだろうか?
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