高度成長期の昭和、福岡が舞台。物語は、信一の美智代への思慕を中心に散文的なエピソードを積み重ねながら、人間同士の濃厚なつながりを綴っていきます。平屋の長屋と共同水道、三角ベースの野球、リヤカー、ボタ山、駄菓子屋、朝鮮人、等々。炭坑でしか生きられない男たちと、そんな男に人生を託している女たち...。
過去を美化するわけでもなく、かといって過度に悲壮になるでもなく、日常のディテールの積み重ねと時代の変化を淡々と描くことで、庶民の持つ哀しみとたくましさを浮き彫りにした演出が成功しています。
構成的にも少年時代と青年時代の配分がいい。まず、しっかりと時間をかけて少年時代の信さんやそれを取り巻くまわりのみんなの心象風景やエピソードを丁寧に丁寧に見せたこと。
少年時代の映像が非常に力があり、観る者すべてがこのお話に心から感情移入するんですね。だからこそ、その後の青年時代が非常に生きてきます。
ただ、ここが最も肝心なところですが、信さんの美智代に対する母性を求めるとも恋心ともつかない感情は解ります。その反対の立場である美智代の感情が良くわからない。そこがハッキリしないからこそ、良いのだとの評もきっとあると思いますが...。
ヒロインの小雪が、美人でたくましく、それでいて母性あふれる女性を好演。本作は、信一と守の成長物語であると同時に、年の離れた信さんと美智代の淡い恋物語でもありますから、彼女が良くないと成立しません。「ALWAYS 三丁目の夕日」の時にも思いましたが、彼女には『昭和』という時代が似合わないような印象があります。でも、原節子もある意味『バタくさい』顔立ちだったと、ふと思い至りました。
あと、信さんの伯母を演じる大竹しのぶのふてぶてしさ、そして秘めた優しさが印象的でした。
冒頭、三角ベースで遊ぶ信一と守。信一は「あんぽんた〜ん!」とリズムをつけ、大きな当たりを飛ばしていた。信一を慕っていた守もそれを真似をするシーンがあった。それを受けた終盤のシーンは、切ない気持だけが空回りする。昔懐かしいあの日は、もう二度と戻ってはこない...。