司馬氏自ら、「無駄ばなし」ないしは「とくに親しい友人にだけ話してしまえばそれでおしまいといったような感じのもの」(いずれも236頁)、「醸造で譬えれば、酒になる前のもろみか、それとも酒であることから取り残された粕のようなもの」(237頁)と評した小編を集めた歴史エッセー集。確かに小粒なものが多く、全体としては若干食い足りなかったが、『太平記』を「文学書である以前に、歴史をもっともつよくうごかした戦慄的な書物」(198頁)であるとした「太平記とその影響」や誰にも絶対的専制権を有せしめないという藤原氏に始まる権力の二重構造(装置)を分析した「日本的権力について」の2篇は、日本史の観方について得るところの多い名篇であると思う。
「幕末の志士たちの心情も思想も行動もことごとくみずから(楠)正成になるということから発起されたものであったし、それをうけ容れる庶民の側にもそういう素地があったということがいえる」(187頁)。
「南宋はほろんで、そのおびただしい議論と学説(=大義名分論・正閏論・尊皇攘夷論)だけがのこされた。それらが、東シナ海の季節風に乗って日本に伝来した。日本がこのために、南北朝時代という、日本史上最初のイデオロギー時代を迎える」(190頁)。
「ついに桂内閣は屈し、天皇の系譜から北朝数代の天皇を天皇の籍から抹殺し、明治天皇をもって第百二十一代の天皇とすることを公表した」(197頁)。
「その「南朝正統論」を最初にかかげたのは、後醍醐帝の側近だった北畠親房の「神皇正統記」をのぞけば、この「太平記」が最初なのである」(198頁)。
それにしても、西郷隆盛の名前が本来は「隆永」であった(92頁)というのを、私は本書で初めて知った。(「隆盛」は父親である吉兵衛の名乗りであるとのこと。)