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最も参考になったカスタマーレビュー
5 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
少し哀しさを感じてしまいます,
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レビュー対象商品: 何日君再来(ホーリイチュンツァイライ)物語 (河出文庫) (文庫)
『何日君再来』という曲(私は、おおたか静流さんの歌で聴きました)の、作詞・作曲者について、関係者の証言を綿密に追ったノンフィクションです。『何日君再来』は1937年に映画の中で歌われているので、本書の単行本が刊行された時点(1988年)では、50年ほどしか隔たっていませんが、日中の歴史に横たわる壁と溝の中で、真相にたどり着くには、さまざまな困難があったようです(いくつか、確認できていないこともあります)。
著者自身、1938年から1946年まで中国に滞在していただけに、深い思いがあるようです。青春時代を過ごした中国への熱い思いが溢れているのですが、時代のなかでの苦闘も感じられるだけに、全体に少し哀しさを感じてしまうのは私だけでしょうか? 追加です 著者がミステリー的な手法を使っていることなどを“批判”されている方がいますが、ノンフィクションの場合、著者が調査過程を含め記述していくのであれば、こういった手法はよくあることで、ノンフィクションを多少でも読んでいれば分かるはず(ジャンルは史伝となっているが森鴎外の『渋江抽斎』も同じ手法で、実際に謎解き的な面白さがあると書いている人もいる)。 また、著者の経歴に関して詳しく書けば、語学留学生として中国へ渡り、新聞記者になったのは1940年ごろのこと。『何日君再来』を周セン(王編に旋)が歌ったのは1937年、上海で製作された映画『三星伴月』の中でのこと。1939年に香港で製作された『孤島天堂』では黎莉莉も歌っている。著者が当時の中国で耳にしたとしたら、経歴を考える限り後者の確率が高い。だいたい、ヒット曲だからといって、誰も彼もが作詞・作曲者を知っているとは限らないのだ。また、今とマスメディアなどの状況が違っており、しかも著者がいたのが北京であったことを考えれば、詳しいことを知らないことはさほど不自然ではない。 それに百歩譲ったとしても、こういったことで若い読者の何を“混乱”させるからいけないのだろうか。それが全く分からない“批判”である。
3 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「何日君再来」の作者、そしてその再来を追うドキュメント,
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レビュー対象商品: 何日君再来(ホーリイチュンツァイライ)物語 (河出文庫) (文庫)
本書を一言でいえば、かつて黄金の声と称えられた中国の往年の大歌手、周[王旋](チョウ・シュアン)や同時代の上海芸能界に関わる多くの人物の評伝だ。ただその構成がなかなか凝っていて面白い。「何日君再来」という戦時中の日本・中国双方でヒットした流行歌をキーワードに、当時中国に滞在していた著者が、横浜の中華街でテレサテンが唄う「何日君再来」を偶然聴いたことをきっかけに、現代中国でのこの歌の再流行やこれに対する当局の圧力なども交えながら、詳細のわからない「何日君再来」流行当時の背景をさぐり、そしてこの歌の作者を探していく。
著者は8年もの歳月をかけて、様々な文献を調べ、李香蘭(山口淑子)を始めとする多くの関係者とのインタビューや手紙のやり取りを通してこのミステリーを解いていき、最後に作曲者本人にたどり着くまで謎解きの楽しさも味わえる娯楽読み物だ。ただ当の作曲者が文化大革命当時「何日君再来」が原因で迫害を受け、著者が出した手紙も検閲されているのには暗然とさせられた。それにしても「何日君再来」のようなすぐれた流行歌は、これを創った人間の企図や流行に圧力をかけようとする当局の意思とかかわりなく、大衆自身が好んで歌うことによって人々の間に膾炙し、後世にまで伝わっていくんだなあということを強く感じた。またテレサテンが、歌詞の最後を「再来来」と唄っていたとは気づかなかった。
6 人中、0人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
強引な推理仕立てで、当時を知らない読者を混乱させる劣悪作,
By あき - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 何日君再来(ホーリーチュンツァイライ;いつのひきみまたかえる)物語 (単行本)
レビューを見て期待して入手したが、一読して失望と怒りを覚えた。
何日君再来の作詞/作曲者が貝林/晏如であることは疑いの余地の無い事実であり、謎などは一切ない。本の中にはそれをくつがえす新事実の類は一切書かれていない。 作詞/作曲者を謎としたのは著者の稚拙な取材と音楽関係の知識不足による。以下列挙する ・作詞/作曲者を謎としたのは日本の関係者が「中国から持ってきた」と称しオリジナル発売元の百代唱片公司に確認しなかっただけである。早く言えばパクッったのである。同様の例はブンガワンソロがインドネシア民謡、フォスターメロディがアメリカ民謡など昭和30年代辺りまでは日本では結構あったこと。ただし百代(現香港EMI)では何日君再来は現在に至るまで継続的に発売されており確認は容易である。 ・取材当時は文化大革命からさほど経っておらず、取材相手と方法を工夫しないと信憑性は期待出来ない。例えば香港、シンガポール在住の関係者(プロヂューサーなどが健在だった)。趙丹(周'のレコーディングに立ち会っていた。その後中国電影家協会常任委員などを歴任、国民的スターで周'の遺児の養父でもある)などからの取材は出来ていない。著者が有力者をつきとめられなかったか、あまりの取材内容に関係者が応じなかったのか。いずれにしても取材力が無さ過ぎる。 オリジナルをパクッたコロンビアやテイチク関係者からの取材をクローズアップして安易な取材で強引に推理小説仕立てにしたとしか思えない。日本のヒット曲も世界の中の誰かがパクって50年経てばオリジナルと無断コピーの作詞作曲者記載が違うということでこの手の本はいくらでも書ける。 最後に、この曲がとりたてて数奇な運命をたどったなどという事実は存在しない。これも著者の取材の拙さ。戦争中は多くの恋歌はおおっぴらには唱えなかったし、ある時期に中華民国、中華人民共和国で禁止、自粛された曲は多数存在する。ベートーベンの第九などはこの曲とは比較にならないほど激しく忌避された時期があった。
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