「東洋の思想、西洋の技術」を学び広めた幕末の逸材・佐久間象山(さくましょうざん1811〜1864)の「人と思想」が、「参考文献と引用文献」により、人間関係と時代背景を紹介されながら、文章も読みやすく、人物の性格や実績を深く知ることができました。
朱子学を学びは始めてから、語学(オランダ語)、鉱物学、兵学、医学などにも優れた見識を持つ。
清朝(中国)がアヘン戦争(1840〜1842)でイギリスに破れ、西洋諸国のアジア進出に懸念を抱き始めた頃の江戸である。
1853年アメリカのペリー来航時には、佐久間の海防意見書により、その存在が政治の舞台に踊り出た。
ロシアのプチャーチンの来航と、北方領土問題など…
アメリカ本土の大統領選挙による「強硬派路線の共和党」から、「穏健派の民主党」に変わることで、ペリーの思惑にも影響があったなど、幅広い視点で述べられていることで、「歴史を創るのは人である」との史実を感じるのです。
約160年前の江戸時代と、現在の「日本の国際情勢」の難しさに重なるものがあります。
学ぶ意欲と国家を論じる使命感に生きた、佐久間象山の実像を知ることができました。